続・晴耕雨読

秋田在住の医学生ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

『最上の命医』を東大病院が監修&病院見学に行きました

正月を迎えていないのにすでに寝正月モードに入ってるばんじょーです、こんばんは。

先日病院見学に行って、カンファレンス(症例検討会)に参加させてもらったんだけど、症例発表者が外病院から帰ってくるまでしばらく待とうということになって。
その時の司会進行役の方の一言。
「じゃあ、発表者が戻って来るまでの間、みんなで自慢話大会を始めようか。とりあえず一人一つずつで(現場にいたのは15人)」

う〜ん、斬新な時間の過ごし方だ。でも、結局自慢話大会にはならずに、ちょっとした小話大会になりました。



さて、先日『最上の命医』について考察したけど、12/29の読売新聞にこんな記事があった。
『東大病院がマンガ監修へ、「素晴らしさ伝える」自ら名乗り』
最上の命医の監修を東大病院が行うんだそうで、これからの展開が気になるところである。実は、3話目を読んでから、「おっ、なんか1話目と比べて、芯が通って来たんじゃないか」って思ってたんだけど、これは東大効果なんだろうか…。
記事については、パんだの物置blogさんをご参照ください。こちらのblogで僕の記事も取り上げていただいてます。ありがとうございます。



話を病院見学に戻して。
その日はお昼ご飯を精神科の先生にご馳走になり、その席で拒食症(神経性食欲不振症)の話を聞く。

先生「僕はよく行くパン屋さんでね、試食コーナーがあるんだけど」

ばんじょー「はい」

先生「たまにね、試食用のパンが厚切りでどっさりお皿に盛られるときがあるんですよ」

ばんじょー「へぇ〜、それはお得ですねぇ」

先生「そういう時はラッキーだな、と思って一口つまんでたんだけど、いつも何でなんだろう、って気になってたんだよね。でね、ある日、そのどっさり盛られる時に、試食用のパンを切る係の人を見たら、僕の患者さんだったんだよ。拒食症の」
「自分が食べられない分、他人に食べさせてあげたかったんだろうね。その時にね、なんでどっさり試食パンが盛られる時があるのか、謎がいっぺんに解けたんだよ」

ほうほう、そうなんだ〜。本当は食べたいけど食べられない。だから、他人に自分の気持ちを投影してる、ってことなのかも知れない。奥の深い話だなぁ。

先生曰く、拒食症の患者さんを治療すると、「あんな苦しい治療は二度と受けたくありません」って言うけど、それでもその後、その患者さんは医療系の道に進むっていう話をよく聞くという。これも自分の気持ちを投影しているのだろうか。

ちなみに、なんで拒食症の治療が苦しいかっていうと、ベッドに拘束されて無理やり静脈栄養を受けるからだそうである。こう書くと酷く聞こえるけど、拒食症の患者さんは症状が悪化すると160センチで30キロを切るほどになり、放っておくとそのまま死の転帰をとる可能性が高い上、そこまで行っても栄養を摂ることを拒否する。つまり、拘束しないと自分で点滴を引っこ抜いてしまうんだそうだ。だから拘束せざるを得ない。

でも、無理やりの栄養摂取を、患者さんに「自分が嫌がってるのに無理やりさせた」と思われてしまうと、一時は回復するかも知れないけど、その後また症状が悪化してしまうという。そこで、患者さんに「自分のために無理やりの栄養摂取は必要だったんだ」と思ってもらうためには、治療すると同時に、医者が患者さんにとって必要なことを行っていると信じてもらうための、患者−医者関係の構築が大切なんだそうだ。言い換えると、信頼関係を作らないと、どんなに患者さんにとって必要な治療であっても、患者さんには「本当は医者が偽善でやってることだ」って受け取られて、拒否される可能性があるってことなんだろうね。このことは、昨今の医療訴訟にも通じるかも知れないな、と思う。

自分がして欲しいことを他人にしてあげる、っていうのは常に自己満足に陥る危険性をはらんでるんじゃないでしょうか。だって、自分の価値観と他人の価値観が同じとは限らないからね。でも、それでも自分がして欲しいこと、されて嬉しかったことを他人にお返しするってことは社会が成り立つ上で大切なことだと思うし、それが自己満足に陥らないためには、相手から何かを受け取ったときの苦しみ(上でいうところの、「こんな治療は二度と受けたくない」ってところですね)も受け止めることが大切なのかも知れないな、って思う。その上で、それでも相手からそうされて良かった部分が大きいから、それを他人にもしてあげるのであれば、それは他者にとっても真に役に立つ行為になるんじゃないかな〜、と思ったりします。

今回の病院見学は、本当によい実習になりました。先生方には本当に感謝です。


PS 『医療マンガ大全集
先日見つけたHPです。世の中には、思ったよりたくさん医療マンガが存在するんですね。
これを見て、『臨床心理士聖徳太一』がむしょうに読みたくなりました。どこで出会えるのだろうか…。

  1. 2007/12/30(日) 02:04:41|
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バリデーション!〜病棟実習精神科編〜

今日は臨床心理研究会の忘年会で、恒例の焼肉食べ放題に行ってきた。後輩相手に取りとめのない話を撒き散らしてくる。これをまさに管を巻くと言うのであろうか。何はともあれ、幹事をしてくれた部長さん、お疲れ様でした、ありがとう。

さて、精神科の実習の話。僕の担当の患者さんは、Lewy小体型痴呆の疑いのある患者さんであった。場所を聞いても、「今は家にいます」と答え、日時を聞いても、毎日「今は2月某日です」と答える。見当識障害(場所と現在時間を認知する機能に障害があること)を呈していた。精神病症状(統合失調症的な症状)も見られ、日時や場所以外のことについても、会話がまともにかみ合わない状態であった。

これでは会話が進まない。ということで、僕は心理学の技法を使ってみることにした。現在の日時に関する認知力が低下しているのなら、患者さんの思い出に残る日時を基点にして、現在(もしくはそれに近い時点)まで、患者さんの中の時間を進めてあげればいい。ってことで、患者さんに、すごく嬉しかったことや悲しかったことは何かを聞き、それはいつの出来事か(例えば、子供が何歳のときか、結婚してから何年目か、とか)を聞いてみた。そういう聞き方をすると、結構昔の記憶を思い出せるようで、さらに、そういった昔話をするときは、全然痴呆とか精神疾患を感じさせない話し方であるように感じたのであった。

そうして実習期間が過ぎてしばらくした後、ふと図書館で『バリデーション』(Naomi Feil著、筒井書房)という本を見つけて、何気なしに借りて読んでみた。その本は認知症の患者さんといかに接するかについて書いていて、認知症の患者さんの感情に寄り添うことで、認知症の患者さんの気持ちを理解し、円滑なコミュニケーションを図ることの大切さを説いている本である。

1/3くらい読んで、おお、そうだそうだ、そうなんだよ、と膝を打つ。認知症の患者さんに共感するっていうのは、患者さんの感情を汲み取ることから始まるんだよね。

感情が大事であることについては、アントニオ・ダマシオが『生存する脳』で論じている。感情っていうのは人間が社会生活を営む上で重要な機能で、たとえば、人間のとる行動には無数の選択肢があるけど、その中から1つの選択肢を選ぶ過程において、人間がまず用いているのは論理的思考力ではなくて、実は、好き嫌いとか感情的な嗜好なんですね。こういう行動をとるのが好きだから、それを行うと適切であるという理由を後付でくっつけよう、っていうのが人間の心の動きなんじゃないか、というのがダマシオの主張である(と思う)。ゆえに、感情をつかさどる脳の部分(前頭前野)に障害が生じると、その場その場ではある程度適切な行動が取れるのだが、長期的に自分に利益をもたらすような行動(例えば、どんなにつらくても安易に転職しない、キャッチセールスにだまされない、など)をとれなくなってしまうのだという。

でも、前頭前野が正常でも、感情的に「これが正しい」と思っていることを、世間の事情から、実際の行動に移せないことはよくある。浮気性の夫に対する嫉妬心から夫を撲殺するのは世間では容認されないことである。そういうときに生じた負の感情を押し殺して老年期を迎え、認知症になると、抑えられなくなった感情が爆発するんだという。そういうときに、怒り狂って何にでも当り散らしているお年寄りに対して、「こんな老人の面倒を見れるか」と突き放すこともできるけど、「本当は解決したい心の葛藤があるけれども、それに面と向かい合うことが出来ないから別のことに当り散らしているんだ、その心の葛藤に焦点を当てて、話を聞いてみよう」とコミュニケーションを試みることで、そのお年寄りの怒りが静まり、お互い心安らかにその後の時間をすごせるようになるかもしれない、というのが『バリデーション』に書かれていることである。

感情が強く結びついた経験が強い記憶として残るっていうのは、経験的に感じることである。かつて予備校で勉強していたときの、恩師コウイチさんの教えである「物事を記憶するためのいい方法は、感動することだ」ということは、まことに含蓄の深い言葉だと思う。僕は患者さんとのコミュニケーションに、感情と結びついた記憶を探る技法を使ったんだけど、彼我の感情に焦点を合わせるというのは、非常に有用な技法だと思うのである。にもかかわらず、感情っていうのは世間的にはあまり重要視されていないし、世間は感情というものに対してむしろマイナスのイメージを持っているように思う。確かに、感情的になるということに関して、世間ではいい評価を受けないようだ。でも、自分の感情に相対して感情を把握することと、感情を表に表出させることを分離させることが出来れば、感情的にならずにすむんじゃないかと思うし、負の感情を心に溜め込まずにすむんじゃないかと思うんだけど、そういうことを勧める人は、あまり世間にはいないような気がする。

帰りにコンビニに寄って靴下を4足買って帰る。最近、立て続けに靴下5足に穴があいてしまったので、急遽買い揃える必要が生じたのである。1足づつ順番に穴があいてくれればいいのに、と思うんだけど、僕の場合、なんでか物事はいっぺんにやってくるようである。

ついでに週刊少年サンデーを買う。普段は買わないんだけど、今週から医療マンガが始まるというので、つい気になって。読んでみて、あまりのひどい展開に思わずうなってしまう。あの内容がスタンダードな医療だと思われたくないなぁ…。気になった方は、読んで感想を聞かせてくれると嬉しいです。ということで、夜もふけた(っていうかもう朝)なので今日はこれでおしまい。


PS 先日センツァさんから、ダマシオは現在スピノザ学会のお偉いさんになっているという話を聞いたので、センツァさんに勧められて『エチカ』を買ってみたものの、未だ積読。そろそろ手をつけようかな〜。
  1. 2007/12/09(日) 05:14:40|
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初めての機械出し〜耳鼻咽喉科編〜

今日は術場の看護師さんにこんなことを言われました。
「あなた、見た感じ、ゲーム好きでしょ?、もしかして秋葉系?」
「あっ、はい。ちなみに僕はバルキリープロファイルってゲームが好きです」
ううむ、僕は術場で一体何をしているんだろう…。
ちなみにその会話を聞いていた班員に、「術場の看護師さんとゲームの話をする人間を初めてみた」と驚かれました。そうだろう、もっと驚け(←やけくそ)。

さて、今日から実習は耳鼻咽喉科。
子供の頃の記憶だと、耳鼻咽喉科は風邪にかかると行くところで、鼻の中にチューブを入れて吸引したり薬を噴霧したりする科というイメージが強いのだが、大学病院の耳鼻咽喉科は、そんなイメージを覆すところである。というのも、もっぱら舌癌とか喉頭癌とかを外科治療するんだけど、そういう顔に近い部位の腫瘍摘出術って、どうしても顔の1/4を拡大切除して形成手術を行ったり、舌を摘出して声が出せなくなったり、顎の大半が切除されたりとか、って感じで、とにかく患者さんを見るのがつらい科なのである(そんなことを言うと申し訳ないのかもしれないけど)。それでも命が助かるだけまだいいと言えばいいのかも知れないけど…。

で、実習初日で、いきなり術野に入り、さらに器械出しというものを体験しました。
器械出しっていうのは、外科ドラマにつきものの、
「メス」
「はい!(パシッ)」
「コッヘル!」
「はい、先生!(パシッ)」
っていう、例のアレである。
ちなみに、「汗」「はい(ゴシゴシ)」というシーンは実際にはほとんどありません。たま〜にあるけど。

今回はその場でモスキート、メッツェン(鋏小)、クーパー(鋏大)、持針器、コッヘル、ピンセット、鉤ピン、直ピンセット、金鉤(きんこう)、といった用具の名前を教えてもらって、そしてチャレンジ。
「ばんじょー先生、メッツェン!」
「はい(パシッ)」
「…これ、モスキートだよ」
「すみません!」

…気をとりなおして再チャレンジ!
「ばんじょー先生、鉤ピン!」
「はい(パシッ)」
「…これ、金鉤だよ…」
「すみません!!」

んん〜、鉤までは合ってたんだけどなぁ、惜しいっ!
でも、形状や用途が全然異なるから、ちっとも惜しくないんだけどね。
その後看護師さんの申し訳なさげな「…換わりましょうか?」という申し出に遠慮なく従ったのであった。う〜む、器械出しというのは難しい…。

その後、しばらく仕事がなくなり、傍でひたすら突っ立って手術を眺めていた。やっぱり、知識やスキルがないと、仕事って回ってこないんだよね。
でも、外科手技に限らず、仕事って、ただの労働ってわけではなく、自分のスキルを上げるための好機であることであるとも捉えられると思う。そう考えると、上の人が重要な仕事を自分のためにとっておいて、下っ端に仕事を与えない、もしくは誰でも出来るような雑用を任せるっていうのは納得のいく話である。

自分がどれだけ重要な仕事を沢山もっているということは、その組織に対する影響力を示すバロメータである。僕はそう思う。ゆえに、先輩が後輩に仕事を任せるときに感じる不安は、責任を譲渡しても大丈夫かという不安だけでなく、自分の組織内での地位を危うくするという不安も無意識的に内包しているんだと思うのだ。

逆に言えば、世の中のシステム的に、権力者が仕事を独占したい、そして下っ端に下克上の機会を与えるような仕事を譲りたくないというのはありそうなことであり、それはどのような蟻社会にも3割は働かない蟻が存在することを考えれば、あながち間違った推測ではないと思うのである。

でも、そうやって権力者が仕事を独占していると組織は衰退し、システムが崩壊の危機に陥る。組織を保つためには、リーダーは仕事をするというより、仕事を割り振るということにエネルギーを割かなければならない。そして、仕事をしなくなり自分のスキルが減じることで組織に対する影響力が減ることに対する不安をどう対処するかも、リーダーに求められる能力なのかも知れない。


話を戻して、最後の最後に先生に「クーパー取って!」って言われたとき、とっさにクーパーを差し出せたのが、今日一番の収穫でした。終わりよければすべてよし。9時間の手術も、無事に乗り切りました(ほとんど何もしてないけど)。

帰りにコンビニで週刊スピリッツを買って帰る。ううむ、スピリッツの「ボーイズ・オン・ザ・ラン」はどんどん暗い方向に話が進んでいくなぁ。家で作り置きしたシチューを食べて、今日はおしまい。また明日から頑張ろうっと。
  1. 2007/12/04(火) 00:30:30|
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サテライトドクターって何?〜整形外科編〜

現在回ってる科は整形外科。

骨折→整復してギブス固定ってな感じで、疾患と治療がはっきりしていて、勉強してて楽しい科である。科の雰囲気も明るいし、何より致死的な疾患が少ないのがいい。癌や治療不能の疾患の患者さんと接してると、どうしてもつらくなっちゃうから。もちろん、そういう末期の患者さんの支えになるのも大切な仕事であるとは思うけれども。

さて、どの科の実習を回っても、たいてい「うちの医局に入らない?」という勧誘を受け、勧誘を受けた学生は「ありがとうございます。でも、全部の科の実習を回ってから決めたいと思います」という定型的なやり取りを交わすのが、医学生の実習の慣例となっている。こうして学生は社交辞令というものを学んでゆくわけなんですね(ほんとか?)。

整形外科でもそんな勧誘を受けつつ、いかに自分の出身大学の医局に入局した方がいいか、という話を聞く。他大学、特に旧帝大と呼ばれる偏差値の高い医大の医局には、現在でも厳然と学閥の壁が存在するそうだ。そういった大学の医局では、自分たちの大学の出身者は医局に残り、よほど実力のある医者でない限り外様は外部の関連病院を転々とさせられて、大学病院のスタッフとして仕事をすることは難しいのだという。しかも、出身大学ごとにランク分けされてて、ランクが低い大学出身者はより大学病院から遠い関連病院に配置されるんだとか。そういう医師を、大学病院の周辺の関連病院を衛星のように転々とすることからサテライトドクターと呼ぶんだそうだ。

こういう差別があるという話を聞くと気分が悪くなる人もいるかもしれない。僕も別の大学の医局に入局したときに、サテライトドクターになるように言われたら、気分を害するだろうし。
でも、自分が日ごろ自分と共通のバックグラウンドを持つ人同士で集まろうとしたり、逆に自分と異なる何かを持つ人と距離をおいたりしていることを考えると、医局という組織を守ろうとして同質の人間同士で固まろうとする行為を責められなくなってしまうのである。


さて、整形外科の実習の最終日に準教授(昔の助教授)試問があって、「関節リウマチの診断基準について答えろ」と言われた。先生曰く、難しい質問だったらしいんだけど、実はリウマチの診断基準は、前日の夕方から、ずっと実習班の仲間から叩き込まれてたんだよね〜。
「ばんじょー、関節リウマチの診断基準7つ言ってみて」
「ばんじょー、あと1つ足りないよ」ってな感じで。最初はみんな僕をからかって質問を投げかけてたんだけど、そのうち「こいつに絶対診断基準を覚えこませてやる」みたいな流れになって、僕もこりゃ逃げられないと思って全部覚えたのである。

なので、まさにそれが一点読みで試験に出たから、その場にいたみんな大興奮で、僕が試問を無事乗り越えたときは、みんな大喜びしてくれたのであった。仲間っていいなぁ、って思った瞬間でした。

  1. 2007/12/01(土) 00:41:08|
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実習こぼれ話〜とある科で〜

ふと思い出したので書きます。

とある科の実習中。

カンファレンス中に、水いぼの起因ウイルスが何であるかについて、10人以上の先生方の間で議論になった。
最初はヘルペスウイルスが原因なんじゃないか、という話になっていたが、ある先生の意見が通り、
「そうだ、ヒトパピローマウイルスが起因ウイルスですよ、わはははは」ってなことになった。

…本当は、原因ウイルスはポックスウイルスなんですけどね(ちなみに、水いぼ=伝染性軟属腫)。国試で問われる知識でもあるため、その場にいた学生は全員知っていた(と思われる)が、誰も指摘できず。さすがに並み居る先生方(教授を含む)に意見できるほどの度胸はありません。

水いぼは先生方にとっては専門外中の専門外だし、その患者さんの治療にはほとんど影響を及ぼさないんだろうから、まぁスルーして構わないと思うけど(患者さんの治療を左右する知識なら、先生方がきちんと調べるだろうしね)。

国試で頑張っていろいろな知識を覚えても、年月が過ぎると忘れてしまうんだなぁ、と感慨を覚えたカンファでした。

ちなみに、僕はこの科の教授には「伊藤君」として覚えられているようです(僕の本名は伊藤とはまるっきり違います) 。でも、名前で呼んでくれるだけまだマシな方でしょうか。ましというより、かなりいい方。他の科では、「学生さん」としか呼ばれないところが多々あるので。まぁ、1〜2週おきに学生が交代するから、仕方ないけどね。


PS ねこ鍋
YOU TUBEで話題の動画。癒し系です。

ねこ鍋 補足
こちらもいいです。ねこ鍋を観た後にどうぞ。
  1. 2007/10/01(月) 23:24:24|
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