続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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不機嫌の効用

ばんじょーです、こんばんは。今回は気になった芸能ネタから。

昨年末のYahoo! Japanに、桜塚やっくんが喉のポリープの手術のために年末の仕事をほとんどキャンセルしたという記事(→2007年12月31日オリコン)が載っていた。芸人として落ち目だから年末の仕事がなくなった、ってわけじゃないと知ってほっとする(実際ネットでやっくん落ち目説が流れていた)。僕は、観衆一体型で場を盛り上げるっていう芸風が好きなんですよね。喉のポリープっていうと声帯ポリープなんだろうか。元気な姿をまた見せてくれることを祈っています。

年末の記事といえばもう一つ、紅白歌合戦のリハーサルで、北島三郎の「帰ろかな」に合わせて赤・白組のほとんどの歌手が声援を送る際に、リア・ディゾンが涙ぐみ、腕を組んで「エリカ様ポーズ」をし出したらしい。他のブログを読むと、日本語が不自由なのと、その日の別の曲の振り付けと歌詞を覚え切れてなかったのも涙の原因だったようだ(→2007年12月31日デイリースポーツ)。

リア・ディゾンの不機嫌な態度に場が一瞬凍り付いたらしい。そういえば、エリカ様が「別に…」と不機嫌をあらわにしたときも、和田アキコがすごい怒ってたなぁ。

公衆の面前で不機嫌になる事に関して、「大人げない」など負のイメージはあっても、社会的に高評価を得るという話を、僕は寡聞にも聞かない。でも、公衆の面前でも、怒りたい人は世の中にたくさんいると思う(でなければ、世の中にこんなにグチが蔓延しているわけがない)。じゃあ、なんで人々は怒りを表出せずに我慢しているのだろう?怒りが負の産物で、そんなものを自分が持っていることを他人に知られたくないから?

まず、怒りというのは、人間にとって決して負の機能ではなく、非常に有用な機能を持つ。
怒りには、「私たちの自己の統合そのものを保とうとする機能」がある(『怒りのダンス』p2)。

こんな状況を考えてみよう。あなたは、ある集団の中で、自分の役割もなく、話の輪についていけず、ただ隅っこにいてよく分からない話に相づちを打って愛想笑いをしている。そこで、その場の仕切り役の人が、さも”お前は場を盛り上げたりとか役に立つことをしてないから”みたいな感じで何か作業をやるようにあなたに言って来た場合、あなたはどう思うだろうか?”やった、仕事が出来た。この場から離れられる”と喜ぶだろうか。それとも、”ちょっと待て、私はそれなりに苦痛を味わってるのに、なんでさらに役立たずのレッテルを貼ろうとするのか”と怒るだろうか。

仕切り役の人の態度にもよるけど、上記のシチュエーションだったら僕だったら怒ると思う。というか怒らないといけない。もちろん、怒りを表面に出さないとしても。
ここで怒るのは自然な行為で、むしろ怒らないと「自分は無口で、自分のやりたいことも自分で決められず他人の指図で動く人間」と周囲から型にはめられてしまう。自分が自分でなくなる状態、これを自己拡散化現象(by『怒りのダンス』→多分そういう意味でこの用語を用いているはず)と呼ぶが、自分を保つためにも怒るという行為は重要な役割を果たす。

でも、重要な機能なのになんで表出してはいけないのかっていうと、怒りが他人にうつるんですね。これは、心理学者ワロンなら感情の伝播と、心理学者チャルディーニなら怒りの態度の交換と返報、と説明するだろう。世間には、親子の間で、母親と息子の「あんた、勉強しなさいよ」「分かったよ」というやりとりが、そのうちどっちかが怒り始めると「勉強しなさいって言ってるのが何でわかんないの!」「うっせぇ、くそババァ!」というやりとりになって、結局どっちも譲らないっていう話がよくあると思うんだけど(何度もそういうパターンの話を聞いたことがある)、それも怒りが他人に移る例だと思う(まぁ、理由はそれだけではないかも知れないけど)。

問題は、その場にいる人たちがみんな怒り出すと、自分の我を守り他人の意見をなるべく受け容れまいとするため、集団での行動をしにくくなることである。すなわち集団のパフォーマンスの効率が著しく低下するんですね。

システム論+構造主義的に考えれば、自分の所属する集団のパフォーマンスレベルの低下は自分へのリターンの低下につながる。だから、意識的もしくは無意識的に、怒りを表出することについての算盤をはじいた結果、たいていの人は集団内では怒りを抑えて、後で親しい人に愚痴る、というわけなのである(と思う)。
平たく言えば、だから場の空気を乱さないようにするっていう話なんだね。

しかし、人間も動物である。怒りを感じながら、表出させず、眉一つ動かさず我慢仕切れるなんて、そうそう出来ないと思う。そういうときに人間がどうするかっていうと、怒ってないことにするんですね。自分の感情に蓋をする。そうすれば表に出さずに済む。
でも、そういう抑圧された感情は、無意識下に潜行する。そして、自分でも気づかぬうちに、むかつく上司からの命令に対してそれと気づかぬ程度にボイコットするとか、何かと理由をつけて仕事のレベルを下げたり後回しにするとか、上司に出すお茶にちょっと指を入れちゃったけどまぁいいや、ということにつながりうるのである。


今日は祖母の家に行き、二世帯住宅で上に住んでいる叔母とも会ってくる。叔母は犬を飼ってるんだけど、犬同士の交配の仕方では、股関節脱臼しやすい犬や病気になりやすい犬が生まれやすいという話を教えてもらう。ほほう、近親相姦っていうのは、そういう形で子孫に影響を残すのね。そういう考えを人間に応用すると、優生学なんて思想が出来るんだろうな~。

で、その叔母の飼い犬にさんざんベロベロなめられて、肩に前足を置かれる。そのポーズはどうやら立場が下のものに取るポーズらしく、僕は家の中では下位に属するらしい(犬的視点として)。なんか不当な扱いを受けている気がするが、その犬がかわいいから許す。

帰りに三島由紀夫の『宴の後』を読みながら電車に揺られて帰る。ほんと、三島由紀夫は天才だわ。感情の動きにまで複線を張ってるのがすごい。犬になめられた首筋をぼりぼりかきながら、家路につくのであった。
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テーマ:怒りの効用 - ジャンル:日記

  1. 2008/01/04(金) 01:59:24|
  2. 心理学・現代思想
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  1. 2008/01/06(日) 18:50:24 |
  2. 時給百円未満,不機嫌の効用

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