とある科の朝カンファの話。
月曜日は予約診療していないのに、月曜日に予約を入れて欲しいと無理を言ってくる患者さんについて。なんでも、その患者さんは床屋さんで、床屋は月曜日が定休日だからそのように言ってくるんだそうだ(だから、月曜の患者さんは床屋さんの割合が多いそうです)。でも、月曜は新患外来だから、新患扱いで外来でずっと待ってもらうしかないよね、って話になった。
某先生曰く、「その患者さんも、自分の床屋の仕事をするときは、月曜に予約をとらないでしょ。それと同じだよね」
う〜む、確かに。床屋って多分自営業が多いんだろうから、仕事に穴が開くと生活が大変になるっていうのは分かる話ではあるけど、病院としても、新患外来の日に予約を入れちゃったら、新患の患者さんの待ち時間が増えて、他の患者さんがつらい思いをするんだろうからなぁ。
医は仁術とはいえ、それはそれ、これはこれだよな〜、って思った朝カンファであった。
ところで、掲題の件について。
村上春樹風に語るスレジェネレーター
とあるワードを入れると、それについて村上春樹風に語ってくれるプログラムである。
ためしに”オトガイ舌骨筋”と入れてみた(耳鼻咽喉科にかなり毒されてます)。
出来た文章がこれ。
「他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
オトガイ舌骨筋か何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。」
「六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
僕が南極について話している時、彼女はオトガイ舌骨筋のことを考えていた。 」
そりゃあ、まるで話が合わないってのもうなずけるよなぁ。
なお、元ネタのニュースはこちらから。
僕は村上春樹が好きで、『ノルウェイの森』は、8年くらい前に3回くらい読み返した記憶がある。その後引越しの際に捨てちゃったんだけど、先日J先生のブログに触発されて、『ノルウェイの森(上・下)』を買い直して読んでみたら…、やはりいいなぁと思った。
必死で何かをつかみ、関係を紡いでいこうとしてるんだけど、それでも親友のキズキも直子も死んで、自分の前から消えていってしまう。僕も友達とか恋愛とか、多分壊れてしまうであろうものを頑張ってつなぎとめようとした時期がありました(大半はうまくいかなかったけど)。今じゃあらかた予想がついちゃうから、そういう関係に自分をのめりこませることって出来ない気がするけどね。僕が『ノルウェイの森』が好きなのは、そういうところで主人公に共感できるからかも知れません。
でも、自分に無限大のリソースがあって何でも出来るような気がするから、「どうなるか分からない関係」をつなぎとめようと莫大なエネルギーを傾けることが出来るのかもしれないな、と思う。そういうのを若いって言うんだろうか。
逆に、自分の限界を知ってある程度行動の範囲を制限するのも(もう少し詳しく言えば、正確には、自分の周囲の環境に対して自分の能力を用いた場合、どの程度影響を与えたり与えられたりするかを無意識的に把握して自分の行動の範囲を定めること)、ある種のアフォーダンスであると言えるのかもしれない。

