


一方、大人となった蛮暴狼は、地獄の殺人者と呼ばれるようになった。そして、自分が近しく感じていた子どもまでも、成り行きではあるが殺めてしまう。


そう、彼の生き方は、幼少時代は同朋同士での結びつきが強すぎるコミュニティを欲していて、大人になったら同朋を殺めるほどに他者との結びつきが弱いというように、人間が生きていくための限界点を越えてしまった人生を歩んでいるように思えるのだ。だから彼の死は必然なんだと思うのである。
というか、彼はそもそも大人になりきれてなかったんじゃないかと思う。彼は幼少時代は欲しいものは大人(他人)から奪っていた。そして大人になっても、人の命を平気で奪っている(と思われる)。何かをもらったら何かをお返しするというのが世の中の原則だと思うんだけど、その原則に適応できないまま、奪うばかりで与えることが出来ないまま大きくなってしまった人間を、果たして大人とよんでいいのだろうか。
彼は精神的に大人(他者)の助けを拒んだ。そんな彼が肉体的にも外部からの侵入を拒むような形で自らを強くしていったというのは、ある意味彼にとって必然なのかもしれない。それでも人である以上、精神的にも肉体的にも他者から何らかの影響を受けるのは避けられない。そして、蛮暴狼が唯一精神的に受け入れた拉麺男だからこそ、その肉体を貫通することが出来たのかもしれないな、と思うのである。
とまぁ、文化人類学的に『闘将!!拉麺男』を分析してみました。こういう試みをする物好きな人ってあんまりいないんじゃないかなぁ。なのでこの分析が適切かどうかの検証の機会はほぼ訪れないものと思うけど、間違ってたらごめん、ってことで。でも、僕は『闘将!!拉麺男』の中でもこの話が一番と言っていいくらい好きなんだけど、それというのも、このストーリーから何らかの奥深さを感じるからかも知れませんね。
PS 脳内メーカー
遊べるソフトです。
ちなみに脳内メーカー正面もあるよ。
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