続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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病棟実習が始まって~小児科編その2~

マクロ経済学の本を買ったつもりが間違えてマグロ経済学を買ってしまったばんじょーです。ごめんなさい、ノリでウソついちゃいました。そんなワケはありません。

経済といえば、最近ゼミの先生に勧められて『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日記』を読んだんだけど、あれほど具体的かつ革新的な政策を実行していたとは知らなかった。僕の中では劇場型で実際はあまり形に残る政策は行ってなかったっていうイメージが先行してたんだけど、この本を読んで180度印象が変わりました。かなりお勧めです。


さて、小児科の病棟実習について。

僕が診させてもらった患者さんの中に、若い(10歳に満たない)男の子がいた。おそらく免疫疾患で、入院当初から断続的に来る腹痛に苦しんでいた子供だった。入院から数日間は診断がつかなかったため鎮痛剤を投与していたんだけど効き目が薄く、その後プレドニン(ステロイド薬)を投与してから急速に快方に向かった、という経緯である。

プレドニンを投与するまでは、うつろな目をしながら毎日のように「痛い、痛い」と繰り返していて、見ていてつらいものがあったので、少なくとも痛みを訴えることがなくなってほっとしていた。

数日後、彼が採血のため主治医(僕の指導医)と看護学生に連れられてナースステーションに来た。採血が終わった後、彼が突然泣き出して、そして10分ほどずっと泣き続けていた。主治医は何度も「どうしたの?」「大丈夫だよ」と声をかけるけど男の子は泣きやまない。

僕は同期と横で見ていたんだけど(さらに僕らが声をかけにいくと、大勢で囲むことになって不安にさせるだろうという配慮から近づかなかったんです)、なんで泣いているのかは気になって。

同期は「点滴をしたまま院内学校に通学するのがいやなのかな?」と言っていた。男の子は採血後、病院内にある院内学級というところに通い始める予定だった。院内学級っていうのは、入院している患児の勉強が遅れないよう、病院内に作られた学校みたいな施設なんだけど(僕も見たことないから詳細は分からないけどね)、点滴の台をごろごろ転がして通学するのは恥ずかしくてイヤなんじゃないかな、と考えていたようだ。ふむふむ、確かに。

ちなみにもう一人の指導医は、「突然病院につれてこられて、訳も分からず注射されまくって、不安がたまってたのが爆発したんじゃないか」と言っていた。確かに、幼い子供が病気で苦しんでしかも普段と違う環境にいさせられたら、そりゃ不安になるよね。

ちなみに僕は2人の考えと少し違っていた。多分男の子はカタルシスを起こしたんじゃないか、って思って。病気にひたすら耐えてるときは、感情を爆発させる気力がなかったんだけど、治癒が進むうちに、悲しみとかつらさを表出するエネルギーが戻ってきたんじゃないかな、と思ったのだ。僕は昔腸閉塞にかかったことがあったんだけど、治りかけてきたときに泣いたことを思い出したのである。本当に苦しみに耐えてるときは、安心して泣くこともできないんだなぁ、とあの時は身をもって知ったんだけど、目の前の男の子も同じなんじゃないかなって。

まぁ、男の子の心の中には上に書いたことがすべて混在してるんじゃないかって思ってるんだけど。ただ、その場で彼にしてあげられることって言ったら、彼のつらさに共感することだったんだろうと思う。では、どうすれば共感していることを伝えられるのだろうか。

その場にいた看護学生は、男の子に声をかけていたものの、これ以上のことをしていいのか迷っている様子だった。その時に通りかかった先輩看護師の方が、看護学生の手をとって、一緒に男の子の背中をさすり始めた。そして、看護学生が自分でさするようになったのを見届けて、別の仕事場へと去っていった。

おおお、なんてすごい気遣いなんだ!!!

ちょっと通りかかっただけで、その男の子が求めているであろうことを見抜き、看護学生の悩みを見抜き、彼女が男の子に寄り添うきっかけを作ってくれたのだ。これが年期を経た(って言うと失礼かもしれませんが)看護師の洞察力というものなのだろうか…脱帽である。

ほどなくして男の子は泣きやみ、そのまま院内学級へ行くこととなった。看護学生が彼の背中をなでたことが、彼にとってどれほどの支えになったのかは分からないけど、それでもきっと癒されたんだろうと思う。身体で表現した悲しみに対して、言葉でなく身体的に寄り添うことで共にいることを示す(レヴィ=ストロース的に)、なんて後付の説明も出来るのかもしれないけど、触れるっていうのは、理屈抜きで人の心を癒すことが出来るんじゃないかな、と思うんですよね。そして、看護師の役割は、医療行為だけでなく患者さんに癒しを与えることなんじゃないかな、とも。

では、医師の役割は何なのだろう?医師が専門知識をもって患者さんを治療する役割をもち、そしてまた癒しを与えるという看護師の役割を尊重するのはいいとしても、医師はどれほど患者さんに近づき、寄り添っていいのだろうか?近づきすぎて正確かつ公正な判断が出来なくなったりしないだろうかとも思うし…。

こういうことって医師になってから分かることなのかもしれないけど、今から悩むのも将来の糧になるんじゃないかと思いながら、小児科の実習を終えたのであった。本当に学ぶことの多い2週間でした。

そして眼科へ…to be continued.
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  1. 2007/05/05(土) 03:24:07|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

とある科を回ってたときに、薬の副作用でシバリング(すごい寒気を感じて体がガタガタ震える)が起きてた人がいて。
周りにいる先生たちは「薬のせいだよ。そのうち治まるよ」って言って電気毛布みたいなのをかけてて、でもその時点ではその人を襲う寒気はすごいわけで。
周りに看護師さんも一人もいなくて。
その時に、その人の体をさすってみたよ。
どの先生も私を止めなかったし、その人もホッとしたように息を吐いて、体の力も抜けて、さすっている間は楽そうに見えたよ。そんなに寒さは変わらなかったと思うのに。
医師として出来ることは忘れずしなくちゃいけないけど、その効果が出るまでの間、何かをしてあげるのは、看護師さんでも医師でも実習生でも、出来る人がしていいんじゃないのかなって思ったよ。
  1. 2007/05/06(日) 12:35:42 |
  2. URL |
  3. sea-syo #NL852uQM
  4. [ 編集]

そうなんですか!

別に医師だからといって、患者さんに触れることを遠慮する必要はないんですよね。sea-syoさん、ありがとうございます。

  1. 2007/05/08(火) 02:09:24 |
  2. URL |
  3. ばんじょー #-
  4. [ 編集]

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