続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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集団精神療法その1

ばんじょーです、こんばんは。
引越し先がついに決まりました。荷物の運び入れはこれからなのですが、とりあえず一安心。ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。


先日、今度卒業するJ先輩と、さる方と僕の3人で、2時過ぎにコーヒーを飲みに行った。実は12時に待ち合わせして食事にいくはずだったのが、目が覚めたのがなんと12時半。

あれっ?携帯の目覚ましは鳴らなかったの?しかもメールと電話着信も何件か入ってるし…。メールには遠くの方に2人で食事に行っているというメッセージが。

よくよく携帯を見てみると、なぜかドライブモードになってて、一切の音が鳴らないような設定になっていたのである。昨日から携帯の調子が悪かったんだけど、まさか寝てる間にドライブモードにまで入ってしまうとは…。

その後は2人にメールで平謝りし、なんとか許してもらえてコーヒーをご一緒させていただくことと相成ったわけである。寛大なJ先輩とさる方に感謝です(寝坊して本当にすみません…)。

コーヒーとケーキをいただきながら、3人で進路の話などをしていたんだけど、J先輩の話の振り方が上手かったもので、ついつい喋りすぎてしまって、少し反省。でも、楽しい時間をありがとうございました。


さて、J先輩とさる方にも話をしたんだけど、話の振り方が上手いといえば、精神科医のI村先生を思い出す。I村先生は秋田では有名な精神科医なんだけど、昨年の冬に選択授業のときに「集団精神療法」というものを体験させてくださった。

先生曰く「集団精神療法」というのは、複数の人間に同じ場所に数時間いっしょにいてもらい、その間何を話してもいい(沈黙しててもいい)、というものだそうだ。

ん?これが一体何を癒すというのか?そんな状況では、沈黙しっぱなしか、あるいは世間話に終始するんじゃないのか?実際に選択授業のときにも、学生側から「何か明確な目的はないのですか?」とか「どういう効果があるんですか?」という質問が出た。I村先生は、「まぁ、こういうものだから」的な受け答えをして質問を流してたんだけどね。

でも、時間が経つうちに、場の雰囲気が変わりだした。徐々に参加者が自分の心の奥底にある本音を話すようになってきたのである。
「俺にはぶつかりあいながらも本音で語れる仲間がいて、そんな関係はそれまではウザいから必要ないと思ってたけど、今はとても大事に思っている」
「本音を語らないことで相手を傷つけることもあるけど、本音を語って相手を傷つける可能性があるなら、私は本音を語らないことを選ぼうと思っています」
参加者たちが顔を赤くしながら自分のことを語っていく。それは4年間一緒に授業を受けていながら一度も見たことのない側面であった。僕は周りの人がそういう考えを持っていて、そしてそれが突然今この場で語られていることに驚きを隠せなかった。周りの参加者たちも少なからず興奮していたように思う。

その瞬間は、本当に突然であったように思う。今まで張り詰めてたものが消えてフワッとした感覚に包まれた、っていうか(なんか抽象的な表現でごめん)。
あぁ、こういうのって、本当に仲がいい友達と何人かで集まって酒を交わしたときに、ふとぽつぽつと本音を語りだすような、あの雰囲気に似てるかも知れないなぁ。でも、いくら仲がいい友達とだって、数えるほどしかそんな雰囲気になったことはない。それをシラフで、しかも意図的に作りだせるものなのか…。

集団精神療法が終わった後、I村先生はこうおっしゃった。
その場に身を委ねず、本音を語らない参加者も何人かいたけど、それはそれで本人がやりたいことを選んだ結果だからいいと思う、と。
そして、この集団精神療法は、無意識に働きかけるんですよ、じわじわと。無意識の力を侮ってはいけませんよ、って。

この集団精神療法というのは、同じようなPTSD(心的外傷後ストレス障害)を受けた方に対して、心の傷を癒すために用いられるんだそうである。体感した後だと、確かに効果があるに違いないと思う。

余談だが、実はこの体験の後で、人間関係が(おそらくいい方向に)大きく変わる出来事があった。その相手も同じく集団精神療法に参加した一人だったんだけど、おそらくこの体験がなければ、そのような人間関係の変化はなかったように思う(詳しくは書かないけど)。実は、僕はいろいろなことがあって、新しい人間関係を作ることに恐れを抱いてたんですよ。そして、人間関係を変える一歩を踏み出そうとしなかったし、踏み出して何か煩わしい出来事が生じるくらいなら、そうしないままでもいいか、って。

でも、変化した。これは偶然なのだろうか?

僕は、この変化は必然なのかも知れないと思う――僕がこのタイミングで集団精神療法に出会うことも、それを受けて人間関係が変化することも。僕はそういう人間関係の変化をずっと求めていたし、そのための後押しを求めていたし、変化を起こすチャンスを求めていた。I村先生も、今あなたがこうあるのも必然だと言っていたけど、世の中に偶然と思える数多の出来事も、大半は人間の意志が引き寄せた必然なのかも知れないな、と思ったりする(あっ、こんなところに『ひぐらし』の影響が…)。

なんか、すっかり自分語りをしてしまい、お恥ずかしい限りです。こんなのを読ませてしまい申し訳ない…。いや、あの時を思い出すと、どうしても素で文章を書いてしまいたくなって。無意識恐るべし。
んで、I村先生のどこが話のふり方が上手いのか、っていうことにちっとも触れてなかったんだけど、それは次のブログででも。前フリがすっかり長くなってすんません。


PS ネコパンチ

改心の一撃が炸裂しています。
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  1. 2007/03/12(月) 01:02:31|
  2. 医学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

I村先生

そんなに話のふりがうまい先生だったとは。。。
勉強になります。

集団精神療法は、厳密なものではないかもしれませんが、
例えば、うつ病で悩んでいる方で集まって頂いて
話をするという形式でも行われているみたいです。

PTSDやうつ病だけではなくて、
いろいろな状況に使う事ができる療法ではないかと
思っています。
  1. 2007/03/12(月) 09:38:08 |
  2. URL |
  3. 水様 #qjsITxmk
  4. [ 編集]

先日はありがとう★楽しい時間をすごすことができました^^

>参加者たちが顔を赤くしながら自分のことを語っていく。それは4年間一緒に授業を受けていながら一度も見たことのない側面であった。

面白いね♪なんか容易には想像できませんが。
「話す/語る」という行為には大きな力があるのでしょうね。

「語る内容よりも、語るという行為そのもののほうに価値がある」
中井久夫の言葉だった気が(たぶん)。
語る相手がいるというのは、とても幸福なことだと、最近とみにそう思います^^
  1. 2007/03/12(月) 17:50:57 |
  2. URL |
  3. jun #dlEBGshU
  4. [ 編集]

すごい。コメント3人目。なんかうれしいなぁ(^^)

私もその場にいたけど、場を心底醒めた目で見ている人がいることを知っていたから、私は話しづらかったなぁ。きっと、話を振られたら、話していた気がするけど・・・なんか、「話したいけど、その人には聞かれたくない」ってジレンマをずっと感じてたよ。

ばんじょーさんも知っているとおり、I村先生がしたことの一部は、私にとってとても嫌なことだったし、私の行動はなぜか捻じ曲げられて彼らに受け取られてしまった(と思う)けど・・・でも、「I村先生はたった1回しかないチャンス(←授業だからね)を活かそうとして一生懸命だったんだよ」、とある人から諭されたよ。私は、I村先生の努力を何もわかってなかったんだと思ったよ。そして今、ばんじょーさんがI村先生を褒めていて、I村先生は、たった1回しかないチャンスを多少なりとも活かせたんだ、と思う。
  1. 2007/03/12(月) 23:19:30 |
  2. URL |
  3. sea-syo #-
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます

>水様
確かに、PTSD以外にも、うつ病など、さまざまな精神的な症状に対して効果がある治療法なのではないかと僕も思います。
実は、集団精神療法の数日前に水様にお会いしていて、「(例の人間関係は)変わった?」と聞かれたことを覚えています。それも、あの日に人間関係が変わるきっかけの1つだったように思います。本当に水様には感謝しています。

>jun様
こちらこそ、ありがとうございました。僕も話を上手く後輩に振れる先輩になれるように頑張りたいと思います…、といってもあまり後輩と接する機会がないのですが…。
語るという行為そのものの方に価値がある、ですか。含蓄ある言葉ですね。語り自体を受け止めてくれる相手がいることで、その語りが価値あるものとなるのかな、と思ったりします。そう考えると、jun様のおっしゃる通り、語る相手がいるというのは幸福なことですよね、そう思います。

sea-syo様>
こんなにコメントをいただいたのはブログを書いて初めてです。いや~、嬉しいですよ。
確かに、メンバーの中に温度差があると語りづらいというのはありますよね。打ち明け話をするなら、みなで一緒でないとやりづらいかも。
I村先生、コミュニケーションの駆け引きを、ものすごく微妙なレベルで絶え間なく行っていたと思います。その点で、僕も先生の一生懸命さを感じました。でも、sea-syoさんが友達のために一生懸命になっていたのも知ってるので、そこは、お互いに頑張ったということで、ね。
  1. 2007/03/13(火) 00:31:25 |
  2. URL |
  3. ばんじょー #-
  4. [ 編集]

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