ハーバード大学の心理学者キャロル・ギリガンは、女性と男性の道徳観の違いについて、男性は抽象的な真実と公平性の原理にしたがっているが、女性は関係を守るために原則を飴のように変化させる、と述べているそうだ(リン・ホフマン『家族療法学』より)。
ギリガンは、心理実験「もし配偶者が重篤な病にかかったとき、ある薬が手に入れば治すことが出来るが、お金がなくて(多分借りることも出来ないという前提だと思われる)薬屋がその薬を売ってくれない。そのときあなたはどうするか」という質問についての答えが男女で異なるという指摘をしている。
男性は「盗みに入る」という回答をしがちであるのに対し、女性は「薬屋と話し合う」という回答をしがちだ、というのである。
男性は盗みより人の命が尊いという原則に基づいて論理的に行動しがちであるけど、女性は、盗むことで夫に軽蔑されたら盗んだ意味がなくなるから、今までの夫との関係性をなるべく維持するような解決策を模索していく傾向があるんだそうだ。
僕の席取り合戦の話もこれと似ている気がするんだけど、どちらかというと、僕は女性的な思考をしているのかしらん?
話を戻すと、結局、僕は次の日も早起きすることが出来ず、僕はかつての定位置を譲ってしまうことになり、でも僕は新たな定位置でもそこそこ人間関係を築くことができ(たと思う)、一応解決ということになった。
ただ、解決前に、僕はクラスにおける定位置とそれに伴う人間関係について悩んだわけだが、同じように僕が誰かの定位置を奪って、その誰かを同じように悩ませてる可能性もあると思うのだ。相手の人間関係を断ち切るような行動(親しい友達と仲たがいさせるとか)を自分がしていないかを振り返るのは、人間関係を円滑にする一つの方法だと思うんだけど、どうでしょうね?
PS ある哲学者の心の風景
その哲学者が誰だか分からないけど、綺麗な絵が並んでいたのでリンクさせてもらいました。こういう幻想的な絵は好きです。シュールレアリズム的な絵の構成はサリバドール・ダリ的だけど、テイストはホアン・ミロ(Joan Miro)的かも、って思いました。

