続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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映画ダビンチコードを観る(ネタバレにつき注意!)

サークル活動の一環?として、ダビンチコードを映画館に観に行った。
鑑賞後、「キリスト教の本部(バチカン)は金の受け渡ししかしてなかった」とか「ダビンチはそもそもあまり関係なかったんじゃないか?」といった辛口コメントが飛び交ったけど、僕としては面白く観れたと思う。

ストーリーを大雑把に言うと、ダビンチコードっていうのは聖杯伝説についての物語で、聖杯とは女性の子宮のことであり、キリストの血脈は女系の子孫(=聖杯)を残す形で現代まで保たれている、という話であるようだ。で、キリストの子孫が現代に残っているというのはキリストの神性を脅かすものであるから、キリスト教内のタカ派がキリストに子孫がいることを世間に知られる前にその子孫を抹殺すべく暗躍している、ってな話らしい。

「らしい」ばかり書いているのは、映画版ダビンチコードが細部をはしょりまくってるので(原作を読まずに映画をいきなり観ただけではしょりまくってる、って分かるくらいにはしょっていた)、映画と原作で解釈が同じかどうか自信がないからである。映画を観た限りだと、上記の解釈でいいと思うんだけど…。

ちなみに、同じサークルの”ダビンチマスター”F君に「今度ダビンチコードについてブログに書こうと思う」ってな話をしたときに少し険しい顔つきになったのは、「あの映画を観ただけでダビンチコードを語るのはどうかと思う」というメッセージだったのではないかと思ったりする。もちろん、神経内科&脳神経外科のテストの2時間前にそんなネタを振るなよ、ってメッセージだった可能性も否定は出来ないのだが。ちなみにF君に聞いたところ、原作と映画でかなり細部が違っているらしい。原作を読んだ方で、このブログに腹を立てる方もいるかもしれないが、何卒ご海容いただきたいと思う。


さて、話を戻して、キリストに子孫がいると神性を失ってしまうのは分かるにしても、なぜキリストが人間ではいけないのか?多分、キリストに世界を保護してもらう義務を負ってもらうために、人類がキリストに差し出した尊敬の念を表しているからなんじゃないだろうか。神としてのキリストに世界を秩序立てる権利を明け渡すことと、キリストにその代わり自分達の権利や安全を守ってもらうという義務を交換した結果のキリストの神性であるから、その神性を人類自ら否定するというのは、キリストに「お役ごめん」を伝えること、つまり神の加護を失うに等しいことなんだからだと思うのである。

例えば、キリスト(もしくはキリスト教の神)に明け渡した恐らく一番大きな権利として、人間は自らの命も他人の命も奪う権利があると思う。確かキリスト教って、他殺どころか自殺もダメだったと思うんだけど、そのようなルールなければ社会の秩序っていうのは大きく不安定になったのではないんじゃないかなぁ。あまり西欧文化に詳しくない僕がこんな風に分かったように書くのも僭越なのですが。

ゆえに、女主人公のソフィアが、最後に自分がキリストの子孫であることが分かったときに、自分がキリストの子孫であることを秘密にしておくような雰囲気をかもし出していたことも納得がいく。だって、ソフィア自身も社会が秩序立っていることの恩恵を受けているんだから。自己満足のために自分がキリストの子孫であることを公言するより、社会の安定によって自分と自分の親しい人間たちがこれからも安心に包まれた生活を送ることの方がペイすると直感的に感じ取ったのではないのだろうか。

もしソフィアが孤児で社会から迫害されていて、自分が目立って何らかの尊敬や羨望を受けるほうが、社会を安定させるより明らかに得になると判断すれば、結末は違っていたかもしれないな、と思う。

このように、集団がある種の権利を特権的な立場の人間(や神)に与えることで、自分達の安全をその特権者に保障してもらおうという取引については、レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』で述べていることである。そして、熱帯に住む未開の部族や上記のキリスト教の話だけではなくて、現代の資本主義社会でもこのような取引は見られるんじゃないかと思う。例えば、自分はこの会社にこれほど忠誠をつくして働いているんだから、まさかリストラはされないだろう、と思っているサラリーマンとか(っていうとそういう方に申し訳ないですが)。これも会社に自分を捧げるかわりに、会社は自分を守ってくれるだろう、っていう取引が成立していることを期待している例だと思うんだよね。

そして、近年そのような家族的な会社は日本から姿を消しつつあるように見受けられる。なぜそのような流れが生じているのかは僕には分からないのだが、このような社会の流れ、すなわちこの家族的共同体が消え行くことによって、個人が容易に自分の時間と労力を提供できるような会社や組織を見つけるのが難しくなるということが起こるんじゃないだろうか。

だって、会社のために労力や時間を割いても、会社の都合でクビを切られたら、誰だって自分がそれまでやってきたことが無駄になるように感じると思うんだよね。そういう喪失感を味わいたくないから、能力や才能の無い者は新しい組織や社会に身を投じるということに対して、より逡巡するようになる気がする。そして逆に、どんな社会や組織でも通用するスキルを持ってると自負している人は、どこでも飛び込んでいけるだろうし、どこででも重宝されるようになるんじゃないだろうか。そう、持つものと持たざるものの間で、さらなる二極分化(階層化)が起こることが予想されるのである。


PS 「Huge Bodybuilder's Leg」という動画を見つけました。

ボディビルダーの大腿の筋肉を重点的に撮影しているのですが、ふ、太い…。

こんなに太い縫工筋ってなかなかないんじゃないでしょうか。大腿の筋肉の解剖の勉強に使えるかも知れません。
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  1. 2006/06/24(土) 01:14:42|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

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  1. 2006/06/24(土) 19:39:36 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます、確かに、ひざ下がどうなっているのかが気になりますね。そういえば肉単でもボディビルダーの写真が使われていましたが、この動画のように一つ一つの筋肉をくっきり見せてくれるようなものが他にもあると、解剖図を見るだけでは分からなかったリアルな筋肉の走行が勉強できていいかも知れませんね。
  1. 2006/06/26(月) 01:09:35 |
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  3. ばんじょー #-
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