続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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構造主義的恋愛論~その6~

今回で構造主義的恋愛論も最後です。

フロムは、お互いのあるがままを認めることの大切さを説く。でも、それはそれで不安な面がある気がする。

「私、自分のやりたいことを見つけたの」
「僕も見つけたよ」
「う~ん、一緒にいながらお互いにやりたいことを追求するのは難しいね」
「う~ん、別れよっか…」
お互いの考えを尊重した結果、こんなことになりはしないだろうか。

多分、お互いのあるがままを認めるっていうのは、お互いが分離する危険を常にはらんでいるんじゃないかと思う。それでも、その不安に呑まれないように気をつけながら、いかに相手を認めつつそばにいることができるか、っていうことが大事なのだろう。そのような適切な関係を築こうと努力すること、それがフロムの言う「愛するという技術」なのだと思うのだ。

フロムは、多くの人が「愛されるための努力」をしているけど、「愛するための努力」をしていない、と言っているが、これは含蓄に富んだ言葉だと思う。一緒にいるにも関わらず、自分の都合で相手を変えようとしたり何かを無理強いしたりせず、相手のよさを認めようと自分を保つのは、すごいエネルギーが要ることだし、努力を要することだと思うんですよ。

ちなみに、フロムは『愛するということ』の中で、精神科医サリヴァンの考えを紐解きながら、以下のように述べている。

「愛の本質はふたりの人間が「われわれは、自分たちの栄誉と優越感と功績感を保つために、ゲームの規則に従ってやっている」と感じているような協同労作という状況のうちに見られるものである」

難しい表現だけど、おそらく何かの共通の目的をもって、お互いの接し合い方のルールを築きながら一緒に生活するっていうことを指しているんだと思われる。

フロム自身はこのようなチームワーク的な愛に対しては懐疑的であるようだが、お互いがお互いを締め付けあわず、かと言って離れ離れにならないための方法として、これもありかな、と思う。

実は、村上春樹が『そうだ、村上さんに聞いてみよう』で夫婦生活について読者に質問されたときに、夫婦のルールを決めてお互いに守るようにするのが大事、みたいなことを言ってたと思ったんだけど、サリヴァンと村上春樹が同じような恋愛観を持つというのは、興味深いことであると思う。


ということで、しまりのない終わり方になっちゃったけど、このシリーズはここで終了とさせていただきます。読んでくださった方へ、どうもありがとうございました。

でも、続き物を書くのはホリエモンに次いで2度目なんだけど、長編っていうのは流れに乗って書いてるときはいいんだけど、いざ終わりに持ってこうとすると難しいですね。作家が長編を書くのはすごいことなんだ、と素直に感心した今日この頃でした。

PS
おまけ「動いちゃう絵いろいろ
見すぎるとくらくらします…。
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  1. 2006/06/20(火) 01:32:00|
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