続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

~雑文~この、空いたお皿をお下げしてよろしかったですか?

この2週間、テンぱった毎日を送っていて更新が滞ってました。こまめに訪問してくださった方にお詫び申し上げます。今週末は大きな予定もなく、久々に日記が書けそうです。

さて、本日はサークルの仲間の誕生日祝いにイタリア料理食べ放題のお店に行った。食べ放題ということは、当然愛すべきクラスメートであるおとうさんも一緒だ。まぁ、それは置いておいて。

7人で行ったので、空いたお皿がテーブルの上に次々と重なっていく。食べ放題の店だけあって、店員さんがこまめにやってきて、それらの使ったお皿を下げてくれるので助かる。

さて、店員さんが「空いたお皿をお下げしてよろしかったでしょうか」と言ってテーブルを片付けて行った。それに対して、おとうさんが
「普通に、空いたお皿をお下げしていいですか?って聞けばいいのに、なんで過去形で聞くんだろう?」と疑問を投げかけてきた。

ん~、多分それは、店員さんが心の中の客とこんな会話をしていたからじゃないかな。

「お皿、下げた方がいいと思うんですけど…、やっぱりまだ下げちゃご迷惑ですよね」「そうですよね…、今回は下げるのはやめときます」
「えっ、もしかして、実は下げてもよかったんですか?」
「ありがとうございます、お皿を下げさせていただきます」

ってことで、お皿を下げるべきかどうか気を遣ったことと、お客さんは「しょーがないなぁ、お皿を下げさせてやるよ」って言えるほど偉いんですよ、ってことを表現するために過去形で聞いてきたんだ、という話をしたら、その場にいたサークル仲間のK君に、
「そんな(ひねくれた)ことを考えるのは君だけだよ」
と言われてしまった。

うん、確かにそうかも。ほめてくれてありがとう(←ひねくれ者)。

まぁでもお客さんは偉いってことを表現したかったかどうかは別にしても、お客さんのことを気遣っているんですよ、っていうニュアンスは、この過去形の表現に含まれているんじゃないかな。

だって、「下げてよかったですか?」って聞くってことは、少なくとも過去に1回以上は「下げよう」とか、「下げたほうがいいんじゃないか」って考えたことを表していると思うから。

で、過去に店員が「下げよう」って思ったとして、それが本当に客側の都合を考えてのことだったのか、それとも店員側の都合で皿を下げなかったのかについて、事実を把握することは客側にとってあまり意味があることではないと思う。むしろ、客が「店員が、皿が積んであることに気づいていて、それを下げなかったこと」をどう解釈するかということの方が、お互いの関係性を保つ上で重要である気がする。そして、「皿を下げなかったこと」についてコメントするのが店員さんかお客さんかで、客側の印象って変わってくるんじゃないかと思う。

ここから話を拡張させて、お皿を下げるということだけでなく、何らかのミスをするなどで相手に不快な思いをさせたときに、自分からそのミスに気づいたことを相手に伝え、解決策を申し出ることは、相手に
「私はあなたのことを気にかけていますよ、迷惑をかけたくはないんですよ」ということを言外に伝えることにつながると思う。

逆に、相手からミスを指摘されて、解決策を求められたときに、
「~をしてよかったんですか」って言うと、
「おいおい、気づいてたのに行動しなかったのかよ。今更言い訳するんじゃないよ」ってな風に受け取られてしまう可能性もある。

まぁ、テーブルの上に皿が積み重なってても知らん振りして、こちらが呼んで初めてやってきた店員さんが、「お皿を下げてもよろしかったんですか?」なんて言ったら、僕だったら「おいおい、気づいてたのにお皿を下げなかったのかよ、しかも、こっちが下げて欲しくなさそうだったから下げなかったって言いたいのか?」って思うかも知れない(まぁ、お皿を下げないくらいでそこまでは思わないだろうけどね)。

まぁ、この考え方は飛躍しすぎかもしれないけど。
でも、「ミスをしたときに、相手が怒って関係が一層悪化することを避ける(=リスクを回避する)ためには、実は先手を打って謝ったほうがいい」という話はうちの大学の教授から講義を受けたことがあるし、僕も実体験からそう思う。もちろん、ミスを隠しおおせたら先手を打って謝る必要はないのかも知れないが、重大なミスほど、いつかはバレたりするんだよね、多分。それは、ネットの情報網が発達して情報が入手しやすくなったこともあるし、罪の意識から逃れるために、相手が「ミスに気づいてる」徴候に対して無意識に鈍くなって、対策が遅れてしまうからかもしれない(by内田樹「寝ながら学べる構造主義」)し。

ってなことで、「お皿を下げてもよろしかったですか」という先手を打つ一言は、お客さんとの良好な関係を築くことに有益である、という結論に達するわけである(ほんとか?)。

いや~、強引な話の持ってき方だなぁ。

ちなみに、「同じ言葉でも、文脈によって相手の受け取り方は異なってくる」って言葉で今までの話をくくることは簡単だけど、これは単なる言葉の使いかたの問題ではない。
メッセージの発信者の、「あなたのことを気にかけてる」という行動が裏にあって、そのことを表現するために言葉があるのであって、さらに、メッセージの受信者は言葉だけではなく(もちろん言葉にも注意を向けるが)その言葉を生み出した大もとの行動からにじみ出るメッセージをも受け取ってしまうのだ、というのがベイトソンの教えであり、「親業」の創始者であるトマス・ゴードンの考えでもある。

だから、全然相手のテーブルを見ないで、客に呼ばれたときに「お皿を下げてもよかったですか?いや、気にしてたんですけど、下げないほうがよかったかと思いまして」なんていいつくろっても、客は心のどこかで(無意識的にかもしれないけど)ウソくささを感じてしまうように思うのである。
つまり、「行動の伴わない言葉には人はついてこない」ってことかな。

まぁ、しばらく文章を書いてなかったので話が飛躍しまくりで読みづらい文章だったと思いますが、ご容赦のほどを。



スポンサーサイト
  1. 2006/01/28(土) 03:24:45|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ishikawasss206.blog46.fc2.com/tb.php/2-d2992c3b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。