続・晴耕雨読

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物理学の魔術性について

2/25~26まで、東京で行われたFテキストの会議に出席してきた。

Fテキストでは、すでに「数Ⅰ」「数A」の2冊の数学の教科書(と言っても難関大学受験にも対応できるレベルの知識まで網羅してますが)を出版している。今回の会議の議題の一つは、新たに物理の教科書を出版することについてであった。どのような教科書にするかについては喧々諤々の議論があったのだが、ここではその経過ははぶくとして…。で、どんな語り口の教科書にしたいかという話になったのだが、そこで恩師コウイチさんが一言。

「物理学の体系の危うさを読者に気づかせるような語り口にしたい」

コウイチさんは、物理学の体系は危ういにも関わらず、大半の人間に「物理体系は完璧で、将来もずっと世の中で不変の価値を持つ」と信じ
させてしまうような物理学の理論を「魔術的だ」とおっしゃっていた(不肖の弟子はそう受け取りましたが、それでいいんですよね)が、非常に興味深い考えだと思う。

そうなんだよね、物理学の理論って、別に未来永劫不変の知識ではないんだよね。物体やエネルギーの振る舞いを矛盾無く説明するのが物理の理論だと思うんだけど、それってこういう限定句がつくんだと思う。「人間の認識できる範囲の世界における(物体やエネルギーの振る舞いを矛盾無く説明する)」って。

例えば、ニュートンは光を「粒だ」と主張し、ホイヘンスやヤングと言った物理学者は「光は波だ」と主張したんだけど、それまでの物理の世界では、粒(これは直進する)でありかつ同時に波(これは蛇行する)である物質は存在しないことになっていたわけで。で、これを解決したのがアインシュタインの「光量子論(光は粒子でもあり波でもある)」であり、そこから量子力学が発展していった(らしい)。

参照:キャノン・サイエンス・ラボ

上の例を別の視点から見てみると、より小さい物質の世界を観察する技術ができたんだけど、新しく発見された世界と今までの世界との矛盾が生じ、そのミクロな世界での物質の振る舞いを説明する理論が新たに産まれる、って話なんだと思う。それって、ニュートンの頃の物理学は「人間の認識できない小さな世界には通用しないような、当時の人間の認識できる世界の中でだけで通じる理論」であったと言えるんじゃないだろうか。確か似たような話を池田清彦が「構造主義科学論の冒険」で書いていた気がするんだけど…(っていうか多分僕が池田清彦の論に似せてこの考えを編み出したんだろうけどね)。

ってことは、100年後の物理理論から見れば、今の物理理論が刷新される可能性は十分にあると思うのである。

でも、今までの教科書って、上から「正しいこと」を押し付ける視点のものが大半だった気がするんだよね。「これは当然のことだから、疑問に思わず頭に叩き込め」と。でも、その正しさは危ういものなんだよ、もっと疑ってかかった方がいいよ、ってなテイストを全面に出して行こうよ、っていうのが今回のFテキストの議論であり、コウイチさんが言われた「物理学の魔術的な部分を明るみにする」ことである訳だ。

…多分、そういう議論でいいんだと思うんだけど。Fテキの皆さま、間違ってたらごめんなさい。

でも、そんな危うさを全面に押し出したら、教科書としては不適切なんじゃないか、という声も出てくるかもしれない。「不確実な知識を教えるような印象を生徒に与えるのは教科書の役割ではない」と。

でも、そもそも物理学の理論に不確実な要素が含まれている以上、それを隠すことが、ほんとうに生徒にとってデメリットを超えるメリットを与えることにつながるのかねぇ。なんてことを書き始めると長くなりそうなんで筆を控えることにして。

僕個人としては、教科書に物理学の魔術性を全面に押し出すことに賛成である。完璧で未来永劫不変の理論があるなら、そんなのは必要なときにだけネットで検索すればいいんじゃないの、って思ってしまうのである。先の分からない話の方が、ワクワク感が出て、生徒の勉強意欲をより引き出すのではないかと思うんだけど、どうでしょう?


PS.
そういえば、この話の流れから数学の魔術性に移って、
「数学の世界は10進法が主流だけど、10進法が数の数え方として当然だと考えるのってどうよ」ってな話になったとき、僕が

「僕たちの世界が、10進法で数を数える世界であることを選んだために、10進法で数を数えない世界であったことを選んだ場合と比べて何を得て何を失ったのか、そんな話を教科書に書いて欲しいですね」

ってなことを言ったら、すかさずスズケンさん(Fテキ司会者の一人)から「それは文化人類学的な考えだね」というツッコミが返ってきた。僕は今現代思想(文化人類学を含む)を勉強してるから、こういう考えがすぐ浮かんでくるんだけど、そこに即座に反応してくださるところが、さすがだ~!、と感心してしまったのであった。

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  1. 2006/03/05(日) 13:08:31|
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