続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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ペンギンとワーキングプア(後編)

ばんじょーです、おはようございます。

先場所の大相撲では、朝青龍が優勝しましたね。おめでとうございます。さて、3/20の大相撲、朝青龍(横綱)と琴奨菊(関脇)の試合をテレビ観戦してたんだけど、あの琴奨菊の寄り切りは、相撲ファンの方には申し訳ないけど、正直八百長だと思いました。だって、琴奨菊はただ前に押し出してるだけだったし、朝青龍は反撃のチャンスが何度もありながらわざと見送ってるようにしか見えなかったもの(しかも、朝青龍は琴奨菊にたしか7連勝中だったはず)。しかも1敗の白鵬(横綱)が千代大海(大関)に引き落とされた後だっただけに、全勝の朝青龍がコケたのがなおさら意図的に見えたのである。

たまたま横綱の負けが重なっただけじゃないかって?でも、相撲八百長疑惑については、統計的に検証した資料があるのだ。
『ヤバい経済学(スティーヴン・D・レヴィット著)』曰く、7勝7敗の力士が8勝6敗もしくは9勝5敗の力士に勝つ勝率は、79.6%と73.4%だそうだ。相撲っていうのは、本場所で勝ち越せば(つまり8勝以上すれば)番付けが上がる仕組みになっている。7勝7敗の力士が勝負に気合を入れるのは当然のことだが、それにしても番付けがかかっているとはいえ、勝率5割の力士が突然勝率8割に上がるなんてありえるのか?ちなみに母集団は数百取り組み、検証する数としては十分だ。しかも、それらの力士同士が再戦した場合は、先場所で7勝7敗であった力士の勝率は4割くらいであるらしい。これは怪しい。

何年か前に、元力士2人が八百長および暴力団との関係について暴露しようとしたが、2人とも同じ病院で同じような呼吸器疾患で死んだんだそうだ。しかも記者会見の少し前に。その彼らが記者会見の前に告発した情報だと、八百長をしている力士と不正に手を貸さない力士の2者がいたとのこと。レヴィット博士がその情報と取り組みデータを照合したら、八百長をしている力士同士の対戦では7勝7敗の側がたいてい8割で勝っていて、公正な力士が相手だと、7勝7敗の力士の勝率は過去の対戦成績通りだったという(つまり、番付けがかかってるかどうかに左右されない)。これをどうとらえるかは読んで下さった方にお任せします。


前置きが長くなったけど、前回の続きを。

僕はかつて、住み込みで新聞配達をしたことがある。その頃は医学部の受験勉強を始めたときで、自力で生活費を稼ぎつつ、予備校に通いたいと思って新聞配達を始めたのだった。住み込みで仕事してたんだけど、そのときにあてがわれたアパートが、4畳半の部屋で、風呂はない、すきま風は吹き込むという代物だった。東京都内でその条件だと、家賃月3万が相場というところだろう。
さて、その頃の僕の生活は、およそこんな感じだった。朝3時に起きて集配所に行き、新聞にチラシを折り込み、原付の前カゴと後ろの荷台に山のように積み上げ出発する。300軒くらいに配達して集配所に帰ると朝6時くらいになる。その後集配所で作ってくれる朝食をいただいて、家に戻って2時間くらい仮眠。それから予備校に行ってから自習して、2時半くらいにまた集配所に行って、今度は夕刊の配達。150部くらいを配り終えて、集配所で翌日の朝刊に折り込むチラシを30分くらいかけて用意して、それから夕食を食べ、銭湯に行って身体を洗ってから帰宅、また勉強し、10時には就寝。実質勉強時間は1日6時間にも満たないだろうか。絶対的に時間が不足している。しかも、エレベーターがないマンションの5Fまで新聞持って駆け上がったりしてるから、節々が痛くて勉強に集中できない。

僕と同じ時期に仕事を始めたおじさんがいた。年は50くらいだろうか。
何でこの仕事を始めたんですか?僕は無粋にも聞いてしまった(あの頃は僕も若かった)。おじさんはしどろもどろになりながら、以前の仕事でリストラにあい、新聞配達をしている息子の勧めで自分もこの仕事を始めたんだと答えた。
そのおじさんは、朝食のとき、自分が青鼻を垂らしているのにも気付かずに美味しそうに味噌汁をすすっていた。僕はそれを見ながら「なんで鼻をかまないんだ、汚いなぁ」と思ったものだ。今思えば、自分はつくづく分かっていなかった。鼻が出てる感覚が分からなくなるというのが老いることなんだということ、老いた人間が新聞配達を始めることがどれだけ大変かということ、そして、貧困というものは人をそのような境遇に追い込むのだということを。

ある若い新聞配達員は、パチンコに入れ込んで翌月の給与まで店長から前借りしていた。ある中年の配達員は、集金を使いこんだという理由でクビになった。その人は何日も風呂に入っていないみたいで、顔は垢まみれで煤をかぶったようになっていて、酸っぱい匂いが2m先まで漂ってきていた。彼は新聞配達を何軒も渡り歩いて来たのだという。

ある日の朝礼で、店長が訓告した。
「新聞を配達するときはポストの奥まで入れろ。中途半端に入れると、ライバル新聞社が新聞を引っこ抜くんだ。それを何日か続けて、顧客がウチに不満を持ったときに、そのライバル社の販促員がその家に訪問するんだ。ウチの新聞を取りませんか、って」
新聞はインテリが作ってヤクザが配るとはよく言ったものだ。こんなエゲツない話は今までの勤め先で聞いたことがない。

同僚と自分たちの境遇について話す機会があった。彼は専門学校で建築士の勉強をしながら新聞配達をしていた。資格を取ったので、この月の終わりに新聞配達を辞め、実家に帰って仕事を継ぐのだと言っていた。
彼は言った。「新聞配達の仕事なんて、社会の底辺だよ。そう思わないか?」
僕はあいまいに笑った。今そう聞かれても、何と答えていいか分からない。精神科医だったら「あなたはそう思うんですね?」って聞き返すんだろうけど。
でも、「新聞配達は社会の底辺」という言葉は、もう一人の新聞配達員からも、別の新聞配達経験者からも聞いた。なんだってんだ、職に貴賎はないんじゃないのか、僕はそう思ったものだ。

1ヶ月たった頃、店長から、新聞の勧誘に回るように暗に言われた。販促は朝の新聞配達後に、洗剤やビール券を持って各家を回るヤツだ。マジメにやると時間ばかりとられる割りに身入りがよくないし、かと言って販促をやらずに配達所に残ってると店長にどやされる。だから、賢い配達員は販促をするふりして、その時間はパチンコに行っている。unbelievable!
僕は思った。おいおい、このままじゃ受験に失敗しちまうぜ。これじゃあ何のために仕事を辞めたのか分かりゃしない。

僕は新聞配達を辞めることにした。
それを伝えたとき、店長は激怒した。お前を雇うために、有望な別の就職希望者を断ったんだ。わざわざマンションまであてがってやったのに、表に出ろ、ぶんなぐってやる!
もう60にもなろうかという爺さんが外で僕と殴り合いだって?喧嘩は負ける気はしなかったけど(これでも格闘技経験者なので)、さすがにこれは僕の負けだ。勝っても負けても僕が悪者になってしまう。平謝りしてその場をしのぎ、そそくさと店を後にした。僕はあの世界ではきっとよそ者だったんだろう。中途半端に首をつっこんでしまったようで、あの店で真剣に働いている人たちに失礼なことをしたのだと、今でも申し訳なく思う。その後、親に頭を下げて借金をし、勉強を続け、今、ここにいる。

あの生活でも、安定した給料が入って、家があるだけまだマシだ。それでも、あの世界は、道が閉ざされていると思う。毎日仕事をしていても特別なスキルが身につく訳ではない。肉体労働だから身に堪える上に、代わりはいくらだっているのだから体調を壊しても休むわけにもいかない。給料が安定しているといっても決して高額でもない。その上、社会的な地位は決して高くないと感じる。日々背水の陣という状況は、そこで働いている人間にプレッシャーを与える。その重圧を癒すために、借金をして趣味にお金を使ったり、ギャンブルにのめり込む。そうして時間を浪費し、将来の教育への資金を目減りさせる。
この悪循環は、きっと上流階級にいる人間は分からないだろう。なんで浪費するのかなんて、上にいる人間にはきっと分からない。好きでもない仕事に日がな1日拘束されて、自分のスキルを磨くお金も時間もなく、そもそもどうすれば自分を向上できるかを教えてくれるような人脈もなく、挙句の果てに他人から下に見られるという屈辱。この心的重圧から一時でも逃れるために借金すること、ギャンブルにのめり込むことを、誰が責めることが出来ようか。

でも、貧困というのは、まさに人間をそういう悪循環に貶める。誰かが救いの手を伸ばさなければ、自力で抜け出すのはかなり難しいだろう。でも、為政者たちは2世議員だらけ、貧困が日本に存在することなんて想像も出来ないんじゃないだろうか。そういう人たちが、母子家庭への援助資金の財源縮小なんて政策をとっているのを見ると、日本の政策を任せて大丈夫なのかとつくづく不安になる。それに、どんなにお金を稼いでいても、今は世間の風向き一つでいきなりリストラに合ったりする世の中だ。他人事を決め込んで、自分が転落したときに騒いだって手遅れだと思うのだが。

『ワーキングプア』を読むと、静かに、でも確実に貧困層が日本で拡がっていることを感じる。その潮流を感じながら、明け方の新聞配達のバイクのエンジン音を聞くと、かつての自分の生活の記憶とも相まって、身震いを感じてしまうのである。



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  1. 2008/03/28(金) 06:03:33|
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