消化器外科を実習中のばんじょーです、こんばんは。ちなみにスピッツが好きです。「愛のことば」なんて好きですね。ベストアルバムには収録されてないけど、本当に名曲だと思います。でもタイトルに引用しておきながら『名前をつけてやる』は持ってないんだけど(←おい)。
さて、先日、消化器外科のお偉い先生と術場ですれ違ったときの話。
ばんじょー「お疲れさま〜っす」
先生「おお。お疲れさま……あれ、君…」
ばんじょー「はい?」
先生「今、どの科を回ってるんだっけ?」
さて、これはどう答えればよいものやら…。0.5秒迷ったあと、「いや、先生、まだ消化器外科ですよ〜」。その後しばらく続く沈黙。
先生「いや〜、そういえばそうだったね。この前の講義(実習中にやったもの)からずいぶん時間が経った気がしてねぇ」
ばんじょー「時間が経つのって、早く感じますよね〜」
先生&ばんじょー「はっはっはっは」
これで果たして丸く収まったのであろうか…。先生が親切心で声をかけてくださったのが分かるだけに、真実を伝えて気まずい思いをさせてしまうべきか少し迷った瞬間でした。ダブルバインド。でもどうせ10分後くらいに術場で出会って僕が実習の学生であることが判明するのだから、本当のことを言うしかなかったんだけどね。
まぁ、2週間ごとに学生が入れ替わるから、先生も誰が実習してるかを憶えるのは大変なんだろうな、と思う。でも、先生にとっては入れ替わりやってくる学生の顔なんてみんなかぼちゃだかじゃがいもだかにしか見えないんだろうけど、学生にとっては毎回が特別な体験なわけで、例えばあるクラスメートは、1週目の終わりまでほとんど先生に口を聞いてもらえなくて、やっと先生から聞けた言葉が「君、誰だっけ?」だったそうだけど(某外科にて)、そういう対応だと「う〜ん、ちょっとこの科には将来行きたくないなぁ…」って思うのもやむ終えないんじゃないかな、と思ったりする。
たまに実習班で話すことが、「果たして自分は先生に名前を覚えられているのだろうか」ということである。やっぱりみんなも、自分がどう先生の目に映ってるのか気になるんだろうか。ちなみに僕は経歴が変わってるから比較的顔を覚えてもらってるっぽいけど、名前までは怪しい気がするなぁ。
そういえば、2008年1月16日のネット記事に、押尾学が息子に「りあむ(ローマ字ではLIAMらしい)」と名づけたとあった。どうやら英国ロックバンドOASISのボーカルであるリアム・ギャラガーからとったようだけど、「みんなの注目を集めるような」特別な人間に育って欲しいという親心が伝わってくるようだ。名前を忘れられがちな境遇の僕としてはなにか共感を感じてしまう(って、押尾氏が実際どう考えてるのかは知らないけどね)。とはいえ、正直子供が気の毒だと思います。実力や才能があって名前が特別であれば釣り合ってていいのかもしれないけど、そうでない場合は(世の中そうでない場合が大半だと思うけど)、名前負けっていうレッテルを貼られそうだし、ねぇ。
ちなみに、某巨大掲示板の反応はどうかといえば、
「これは恥ずかしい」
「日本語にしろよ」
「今日も押尾学だ、安心した。」
なるほど、押尾学とは、そういうキャラでしたか。

