続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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ちょっと中間報告~心臓外科編~

まだ循環器・呼吸器内科のレビューを書いてないので順番が前後しちゃうけど、現在回っている心臓血管外科について。

今週から実習が始まったんだけど、月曜日は朝8時過ぎ登校で午前1時半帰宅、火曜日は登校朝8時→帰宅午前4時前(緊急オペのため)、今日は登校朝8時半→帰宅午後10時でした。夜10時帰宅で「結構早く帰れたなぁ」って思ってる自分がちょっと怖いです。

でも、学ぶことは多いので充実感があります。あとは、誰に話をしても、「心外かぁ、大変だね」と同情してくれるところが救いでしょうか。

レビューはまた後日にでも…。
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  1. 2007/05/31(木) 00:13:17|
  2. 医学
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硝子体という名の深海へ~眼科実習編~

眼科の実習に行ったら、先生の9割5分はメガネであったことに驚いているばんじょーです、こんばんは。あとの5分も、もしかしたらコンタクトかも知れない…。眼が悪かったことから眼科に興味をもってこの道に進んだのか、眼科に入って暗い部屋で眼底を覗いていたら眼が悪くなったのか、聞こうと思いつつ結局眼科実習が終わってしまいました。誰か真相を知っている人がいたら教えてください。

さて、眼科では、豚の眼を使っての白内障の模擬手術をさせてもらった。
白内障っていうのは、眼の水晶体という部分が濁ってきて視力が低下する病気である。治療は、顕微鏡で患者さんの眼を見ながら、手術(超音波乳化吸引術)で水晶体の内容物を削り取ってそこに眼内レンズを埋め込むのが基本である。

で、豚の眼を人間の顔をかたどった模型に埋め込んで、それを顕微鏡で覗き込みながら模擬手術を行ったんだけど。

黒目から5mmほど耳側に離れた白目部分に、5mmほどの切り目を入れて、そこから前眼房に注射針を差し込んで膨張液を入れる手はずになっていた。…だけど、注射針は前眼房にとどまらず、角膜に刺さり、膨張液はなんと5mmほどの薄さの角膜内に注入されてしまって。おかげでその部分は白く濁ってしまい、白内障を治療するどころか余計に視力を低下させる要因を作ってしまうという失態を。でも、薄い角膜内に膨張液を注入するなんて、相当レアなケースのようである。なんでこんなことが起こるんだ?

班員の一人が「あ~あ、こりゃ医療ミスで訴えられるな」
ばんじょー「ぐっ」

確かにこれは言い訳できない。でも、練習だから仕方ないと気を取り直し、手術の続きへ。
結膜からメスを入れ、細かい隙間から水晶体に切り込みを入れ、水晶体内に水を注入して水晶体嚢と水晶体核を分離し(ハイドロロダイセクション:これを上手くやらないと、あとで超音波で水晶体核を破砕するときに、水晶体嚢も一緒に巻き込まれて破れてしまう)、そこから超音波メスを挿入して水晶体核を破砕して削りとっていく。

ここまでは順調に終わり、最後に水晶体内にレンズを入れる段階になった。最初のミスを除けば、初心者にしては上出来なんじゃないだろうか、と少し自信が出てきちゃったりして。

その時、手術を手伝ってくださっていた、医療機器メーカーの社員さんが(病棟実習で驚いたことの一つが、医療機器メーカーの社員の方が、学生の実習の手助けをしてくださるということである。こんな生意気な学生のサポートをしてくださるなんて、頭が下がる思いです)、ありがたい提案をしてくださった。

「普段は固いレンズをお渡しするんですが、今回の学生さんは熱心に実習されているので、特別に折りたたみ可能なレンズをお渡ししますので、これを使ってください」
なんでも、折りたたみ式は高価だから普段の実習では使わせてもらえないんだとか。おおっ、なんてラッキーなんだ。

折りたたみレンズは、水晶体嚢に入れてから広げる式のレンズで、切開部位が小さくて済むという特徴がある。挿入してみると、確かに入り口に引っかからずにスムーズに入る!!
じゃあ、水晶体嚢内で広げてみるか…あれ、なんかピンセットを開いてもレンズが広がらないよ?

不安になって社員さんの方を向くと、困ったように「どうやら強くピンセットで挟みすぎて、レンズ同士がくっついちゃったみたいですね…」

ぶっ、そんなことってあるの?まずいと思い、水晶体嚢内で広げようとピンセットを使って悪戦苦闘していたら、なんと折り目からレンズが真っ二つに割れてしまうという悲劇が。そして、割れた際に水晶体嚢を破いてしまったらしく、割れたレンズは硝子体の底に沈んで行きました…(位置的には、視神経乳頭とか黄斑の付近に沈んだのではないかと思われる)。
映画『タイタニック』の最後のシーンで、極寒の海に沈んで行くレオ様を見届けるケイト・ウィンスレットの気持ちがちょっぴり分かったような気分でした。

ばんじょー「……」
社員さん「……すみません、私が余計なことを言ってしまったばかりに…」
ばんじょー「いえ、僕こそ、せっかくの好意に応えられず…」

折りたたんだレンズが割れるのは、社員さん曰く相当レアなケースらしいんだけど、いずれにせよ手術失敗には変わりなく。
親切にしてくれた社員さんに切ない思いをさせてしまったことにさらに切なさを感じつつ、白内障手術実習を終えたのであった。

後日先生に聞いたところ、眼の奥(硝子体底部)に沈んだ眼内レンズや異物を取り出すのは、かなり専門的な手術が必要らしく、それが出来るのは秋田でも指折り数えるくらいの眼科医しかいないそうで。
先生は「いや~、白内障手術に失敗すると異物が硝子体の奥に沈むんだけど、年に何回かはそういうケースが大学病院に回ってくるよね~」

すみません、そういうケースを作ってしまいました…。
でも、2つのレアな体験をさせてもらったのは、すごい勉強になりました。眼科医は、狭い空間の中でものすごい高度な技術を使って手術をしていることが分かり、あらためて尊敬の念を抱いたのであった。
眼科医になるかどうかは分からないけど、なるとしたらもっと腕を磨かないとね~。

本当は図を載せたかったんですが、時間がなくて図を掲載できず。医療系でない方には訳の分からない話だったと思います。ごめんなさいね。

次は循環器・呼吸器内科へ。
To be continued…
  1. 2007/05/27(日) 23:55:25|
  2. 医学
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病棟実習が始まって~小児科編その2~

マクロ経済学の本を買ったつもりが間違えてマグロ経済学を買ってしまったばんじょーです。ごめんなさい、ノリでウソついちゃいました。そんなワケはありません。

経済といえば、最近ゼミの先生に勧められて『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日記』を読んだんだけど、あれほど具体的かつ革新的な政策を実行していたとは知らなかった。僕の中では劇場型で実際はあまり形に残る政策は行ってなかったっていうイメージが先行してたんだけど、この本を読んで180度印象が変わりました。かなりお勧めです。


さて、小児科の病棟実習について。

僕が診させてもらった患者さんの中に、若い(10歳に満たない)男の子がいた。おそらく免疫疾患で、入院当初から断続的に来る腹痛に苦しんでいた子供だった。入院から数日間は診断がつかなかったため鎮痛剤を投与していたんだけど効き目が薄く、その後プレドニン(ステロイド薬)を投与してから急速に快方に向かった、という経緯である。

プレドニンを投与するまでは、うつろな目をしながら毎日のように「痛い、痛い」と繰り返していて、見ていてつらいものがあったので、少なくとも痛みを訴えることがなくなってほっとしていた。

数日後、彼が採血のため主治医(僕の指導医)と看護学生に連れられてナースステーションに来た。採血が終わった後、彼が突然泣き出して、そして10分ほどずっと泣き続けていた。主治医は何度も「どうしたの?」「大丈夫だよ」と声をかけるけど男の子は泣きやまない。

僕は同期と横で見ていたんだけど(さらに僕らが声をかけにいくと、大勢で囲むことになって不安にさせるだろうという配慮から近づかなかったんです)、なんで泣いているのかは気になって。

同期は「点滴をしたまま院内学校に通学するのがいやなのかな?」と言っていた。男の子は採血後、病院内にある院内学級というところに通い始める予定だった。院内学級っていうのは、入院している患児の勉強が遅れないよう、病院内に作られた学校みたいな施設なんだけど(僕も見たことないから詳細は分からないけどね)、点滴の台をごろごろ転がして通学するのは恥ずかしくてイヤなんじゃないかな、と考えていたようだ。ふむふむ、確かに。

ちなみにもう一人の指導医は、「突然病院につれてこられて、訳も分からず注射されまくって、不安がたまってたのが爆発したんじゃないか」と言っていた。確かに、幼い子供が病気で苦しんでしかも普段と違う環境にいさせられたら、そりゃ不安になるよね。

ちなみに僕は2人の考えと少し違っていた。多分男の子はカタルシスを起こしたんじゃないか、って思って。病気にひたすら耐えてるときは、感情を爆発させる気力がなかったんだけど、治癒が進むうちに、悲しみとかつらさを表出するエネルギーが戻ってきたんじゃないかな、と思ったのだ。僕は昔腸閉塞にかかったことがあったんだけど、治りかけてきたときに泣いたことを思い出したのである。本当に苦しみに耐えてるときは、安心して泣くこともできないんだなぁ、とあの時は身をもって知ったんだけど、目の前の男の子も同じなんじゃないかなって。

まぁ、男の子の心の中には上に書いたことがすべて混在してるんじゃないかって思ってるんだけど。ただ、その場で彼にしてあげられることって言ったら、彼のつらさに共感することだったんだろうと思う。では、どうすれば共感していることを伝えられるのだろうか。

その場にいた看護学生は、男の子に声をかけていたものの、これ以上のことをしていいのか迷っている様子だった。その時に通りかかった先輩看護師の方が、看護学生の手をとって、一緒に男の子の背中をさすり始めた。そして、看護学生が自分でさするようになったのを見届けて、別の仕事場へと去っていった。

おおお、なんてすごい気遣いなんだ!!!

ちょっと通りかかっただけで、その男の子が求めているであろうことを見抜き、看護学生の悩みを見抜き、彼女が男の子に寄り添うきっかけを作ってくれたのだ。これが年期を経た(って言うと失礼かもしれませんが)看護師の洞察力というものなのだろうか…脱帽である。

ほどなくして男の子は泣きやみ、そのまま院内学級へ行くこととなった。看護学生が彼の背中をなでたことが、彼にとってどれほどの支えになったのかは分からないけど、それでもきっと癒されたんだろうと思う。身体で表現した悲しみに対して、言葉でなく身体的に寄り添うことで共にいることを示す(レヴィ=ストロース的に)、なんて後付の説明も出来るのかもしれないけど、触れるっていうのは、理屈抜きで人の心を癒すことが出来るんじゃないかな、と思うんですよね。そして、看護師の役割は、医療行為だけでなく患者さんに癒しを与えることなんじゃないかな、とも。

では、医師の役割は何なのだろう?医師が専門知識をもって患者さんを治療する役割をもち、そしてまた癒しを与えるという看護師の役割を尊重するのはいいとしても、医師はどれほど患者さんに近づき、寄り添っていいのだろうか?近づきすぎて正確かつ公正な判断が出来なくなったりしないだろうかとも思うし…。

こういうことって医師になってから分かることなのかもしれないけど、今から悩むのも将来の糧になるんじゃないかと思いながら、小児科の実習を終えたのであった。本当に学ぶことの多い2週間でした。

そして眼科へ…to be continued.
  1. 2007/05/05(土) 03:24:07|
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