医学実技試験OSCEを今週土曜に控え、軽くテンパってるばんじょーです、こんばんは。
先日、先生を交えて医療面接の練習をしたときに、「う〜ん、流れはまぁいいけど謝りすぎだね」と指摘されまして。
「次に痛みの始まった時期について…、あっ、ごめんなさい、どこが痛いかについて教えてください」っていうのはまだ「ごめんなさい」の理由が傍から聞いてて分かると思うけど、
「次にsh(←食欲について聞こうとしてた)…ごめんなさい、最近良く寝られるかについて教えてください」
なんていう言い回しだと、口から「しゅっ」って音しか漏れてないのに「ごめんなさい」って言っちゃってるから、傍にいる人には(なんかよく分からないけど謝ってる)ってうけとられちゃうんだろうな〜。
確かに、患者さんにしてみれば、訳も分からず謝りまくってる医者を見たら「こいつ、自信ないのか」って思うかもしれないから、謝り過ぎにも注意しないと、って思いました。う〜ん、医者としての言葉遣い(エクリチュールと言ってもいいかも)を身に着けるのにはもう少し時間がかかりそうです。
さっきの話に戻ると、確かに、何に対して謝ってるか分からないと相手を不安にさせてしまうかもしれない。「私には分からない何か謝るべきことが裏で行われてるんじゃないか」って相手に思わせてしまうかもしれないからね。相手を傷つけたり、何かを壊したりしたら謝った方がいいと思うけど、下手な謝罪は相手を逆に不安にさせてしまう可能性があることを考えると、「ごめんなさい」って言葉は奥が深いなぁ、と思ってしまう。
相手の何を傷つけたか分からない場合はさらに大変かもしれない。何について謝んなきゃいけないのか分からないけど、謝らなきゃ相手は怒ったままだし、でも、ただ「ごめんなさい」って謝るだけだと「何について謝ってるの?」なんて余計に怒らせそうだし…。傍から見たら相手が怒る理由は簡単に分かるのかも知れないけど、当事者にしてみれば、「何が悪かったか分かってたらそもそも謝らなければならないような行為をしてないよ」って思うわけで。
まぁ、人間関係って、怒らせてから初めて相手を怒らせることが何か分かるとか、喜ばせて初めて何が相手を喜ばせるのかが分かるってな感じで、後になってからしか自分の行為が何を意味していたのかを測ることが出来ないのかも知れないな、と思ったりする。だからって相手を怒らせていい理由にはならないけどね。そんな言い訳をする自分でごめんなさい。
とりあえず、医療面接の試験では、相手に「わけわからず謝ってる人」と思われないよう、気をつけたいと思います。試験まであと3日…。
PS
メイド喫茶ならぬ武将喫茶こんな喫茶店があったら、僕も行きたいと思う次第。
- 2007/02/15(木) 02:37:11|
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医学部実技試験OSCEの手順がなかなか覚えられない、健忘症のばんじょーです。こんばんは。
先日、実技練習が終わって先生と僕の2人だけになって、先生と「この時期って聴診器を使い慣れてないから、置き忘れしやすいんですよね〜。僕なんて2週間くらい前に聴診器の箱を失くしちゃいましたよ〜、はっはっは(←バカ)」なんて話をしてた時のこと。
早速机の上に聴診器の箱の置き忘れが見つかったので、「いるよな〜、箱を忘れてく奴」と先生がそれを取り上げたのを見たら、なんと僕の名前が。失くしたはずの箱がなぜここに…?でも、ここで「それ、僕のです」なんて言ったらかっこ悪いしなぁ。
で、先生が「この箱、誰のか分かるか?(君はもう失くしてるんだから、君のではないよね)」と言ってきたんで、「あっ、はい、分かります。持ち主に届けておきますよ」と何食わぬ顔で箱を受け取ってきました。別に嘘はついてないよね、ってことで。
さて、先日『ウェブ進化論(梅田望夫著、ちくま新書)』を読了する。全編にわたって非常に興味深い話が続いているのだが、面白いな〜って思ったのは、「ロングテール現象」という、Amazonの商売戦略である。
梅田望夫(敬称略)曰く、店頭で本を売るような従来の書店では、売り上げの大半は、2割くらいの種類の本が占めているそうだ(パレートの法則ですね)。売り上げの額をY軸、本の名前をX軸に置き、売れている順から売れてない順に右に並べていくと、グラフがちょうど草食恐竜のような形体になるという。

店頭販売型の本屋では、在庫を置くスペースが足りなくなるため、恐竜の頭の部分をメインに店頭に並べ、シッポの部分はある程度切り捨てるか、赤字覚悟で置くらしいんだけど、Amazonは在庫を置くスペースを必要としないため、恐竜の尻尾の部分(ロングテール)から多くの利益を挙げることができるんだそうだ。
大抵の売れない本は、従来の本屋ではだんだん店頭から消えていき、欲しいときにはどこへ行っても手に入らないって感じだったそうだけど、Amazonのように仮想空間(正確な表現ではないけど)に在庫を置くのであれば、場所代と割りに合わないからという理由で店頭から本が消えることはないだろうし、逆に時間が過ぎて再評価されることにつながるかも知れない。
でもね、欲しい本が、以前より労力をかけずに入手できるという利便性の向上の反面、誰でもいつでも本を手に入れられるというのは、「あの本は手に入らないから読んでない」って言い訳がきかなくなる、ってことなんだと思うんですよね。入手できる情報が増えた分、それだけクオリティの高いものを創造することが求められるし、他の人もクオリティの高いものをどんどん創るから、自分の創ったものがあっという間に市場価値がなくなってしまうかもしれない。
創造者にとっては常に自転車操業的な創造になるんじゃないか、ってなことを梅田望夫は書いていたように思ったが、ほんと、世の中で認められようと思ったら、以前よりずっと知識を吸収して頑張らなければならない、って時代が来るんじゃないかな〜、と思う。能力がある人にとっては理想の世界かもしれないけど、その知識量の膨大さに圧倒された若者は、ニートになっていくのかも知れないな、って思ったりして。
本当は『ウェブ進化論』のWikipediaの項について書きたかったんだけど、それは次回以降、ってことで。風邪を引いてしまったらしく、悪寒、戦慄、発熱が止まりません。早く休も〜っと。
PS
ムーディー勝山の
「右から左へ」 つい頭に残ってしまう、面白い歌です。
- 2007/02/04(日) 22:08:57|
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