あまりの女心の分からないっぷりに「本当に心理学を勉強してるの?」と問いただされてしまったばんじょーです、こんばんは。
いやでもね、さすがに深刻な顔で「食後のデザートを食べたい」って思われても、それはフロイト先生だって読めませんよ、多分。
まぁ、フロイトだったらデザートどころか性的欲望に結び付けちゃいそうで怖いけどね(ちなみに、個人的な意見としては、フロイトの凄みは性的欲望についての指摘ではなく、反復強迫と防衛機制という考え方を世に提示したところだと思っています。この2つの考え方は実践的に心理学を使う上で非常に有用な思考ツールだと思います)。
さて、最近はある方面から文章作成の依頼が来て、勉強の合間にいくつか本を読んでいる。最近読んでいるのはイリヤ・プリゴジンの『混沌からの秩序』。複雑系に関する本で、まだ100ページくらいしか読んでないけど、この本で言いたいことはこんなことらしい。
あらゆる系(システムとか組織とか)は固定したものではなく、たえずゆらいでいる部分系を含んでいる。そのゆらぎが強くなって「ある分岐点」に達したときに既存の組織を粉砕してしまうことがある。その瞬間に系が分解して混沌に向かうのか、あるいは散逸構造と呼ばれるより分化・秩序だった組織を生むことになるのかは、あらかじめ予測することが出来ない。
ん〜、なんか分かりにくい説明で申し訳ない。例えるとすれば、強いストレス下に置かれた人間集団が、お互いにねたんだり嫉みあったり、はたまた恋愛感情を持ったりして、それらの気持ちが高ぶっていくうちに、あるポイントに達すると突然人間関係が壊れてしまうんだけど、その直後に新しい、より強固なグループが生まれるのか、それともみんないがみあったままで集団がバラバラになってしまうのかは分からない、っていう感じだろうか。
話がずれるけど、医学部って、まず解剖実習を行うことで医学の洗礼を受けるんだけど、ご遺体を解剖するのって、精神的にも肉体的にもすんごいキツイんですよ(こんなこと言うと献体してくださった方に申し訳ないなと思うけど)。人の身体をこれだけ細かく切り、観察するっていうのは今までの人生になかったことだし。
で、この解剖実習は(うちの大学では)2ヶ月半なんだけど、その間に解剖カップルっていうのが出来たりするんですよね。大変な時期をともに過ごすうちにいつしか男女が恋に落ちていくっていう、ね。多分、これもストレス下にある人間集団が置かれることによって新たな人間関係が生まれるっていう例なんじゃないのかな、と思ったりする。
ってことは、僕の学年は今テスト勉強で相当なプレッシャーの下に置かれてるんだけど、そのうち既存の人間関係が壊れて、新たなカップルが生まれたりするのかしらん?脳みそピンクな僕としては(最低な人間ッスから、自分)、これから色んなことが起きるんじゃないかとちょっと期待してたりして。って、さすがにテスト勉強から恋は芽生えないかな。
でも、恋愛的散逸構造が生まれるのはいいのかもしれないけど、自分も含めていろんなところで人間関係が壊れてバラバラになったままになる可能性もあるわけで…。おお、こわ。
PS
犬画像モップみたいな犬の画像です。ちょっと触ってみたいかも。
- 2006/10/26(木) 02:39:20|
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えっと、期末試験の勉強に追われて著しくQOL(Quality of life:生活の質)が低下しているばんじょーです。こんばんは。
先日の外科学の授業で、S先生が「諸刃の矢」という言葉を連呼していたんだけど、先生、諸刃の矢ではそもそも撃てないと思います…。

「諸刃の剣」と言いたかったことを分かっていながら、ちょっと揚げ足取ってみました、ごめんなさい。
さて本題。
先日英語サークルの活動で、外国人とのセッションに参加してきた。最初はニュージーランドからの来られたRさんの講演で、お題は「バービー人形の歴史」。
バービー人形とは普段接点を持つことがないだけに、非常に興味深く彼女のお話をうかがう。
全世界で今までに製造されたバービー人形をつなげれば地球を7週半するとか、プレミアがついている人形はウン十万するという話を聞いていると、バービー好きの方って世界中にたくさんいるんだろうなと思ってしまう。そういえば彼女自身がバービー人形みたいな髪型や服装をしていたところをみると、かなりのバービー好きなんだろうなぁ。
でも、特に面白いなと思ったのは、その魅力についての話である。バービー人形って、お姫様からハンバーガーショップの店員から宇宙飛行士から果ては兵士まで、あらゆる職業のバージョンが販売されてきているそうなんだけど、ただ可愛くスタイルがいいだけでなく、何にでもなれる能力を備えているところにバービーの魅力があるんだそうだ。
ふ〜む、ってことはバービー人形はフェミニズムを具現化しているってことなんだろうか。女性は兵士にも宇宙飛行士にもなれる能力があり、社会において男性と同様の職業選択の権利を持つという主張を暗に含んでいたのかもしれないね。
さて、今しがた「いたのかも」と過去形で書いたのは、近年の社会情勢から、フェミニズムの気運が消退しつつあるように見えるからである。現在ではエビちゃんのような「男が守ってあげたいと思うようなキレイで可愛い女の子」が理想の女性像(もしかして今は違うのかな?)だそうだけど(
ウチダ先生のブログより)、ほんの数年前は江角マキコのような自立した女性(本人が本当に自立しているかは別として)が理想像だったように思うんですよ。
そういえば「30代、未婚、子供なし」は負け犬だって話も一時期話題に上ってたし(杉田かおるの騒動は記憶に新しい)、僕の周囲でも結婚願望を持つ女性が増えている気がする。
このことは、「女性は家庭に縛られず、仕事でキャリアを築いて男性に負けずバリバリ働くことが幸せにつながる」というようなフェミニズム観が衰退しつつあることを示しているのだろうか?「主婦となって、男性の庇護に入りたい」という、自立へのあきらめが表れているのだろうか?
僕はそうは思わない。
むしろ、フェミニズムの浸透によって女性が社会で仕事をするという思想的土壌はある程度確保できているから、仕事と恋愛(そして結婚)を両立させる道を模索している過程なんじゃないんだろうかと思うのである。
っていうか、エビちゃんだってきれカワイイ振りしてるけど、現実はめちゃくちゃお金稼いでて(少なくとも僕よりは)、かなりの仕事量をこなしているバリバリのキャリアウーマン(って言葉をモデルに当てはめていいのか分からないけど)なんじゃないかと思うんだよね。みんな、エビちゃんはか弱い女性じゃないからね(多分)、外見に騙されちゃだめだよ〜!(エビちゃんファンの方、ごめんなさい)
そう考えると、エビちゃんの可愛さが「男性に媚びない可愛さ」であるという評価も納得がいく気がするなぁ(でも守ってあげたい的な男心をくすぐる可愛さでもあるらしい…不思議だ)。
話を戻して、もしこの仮定が当たっているのなら、女性の志向が、家庭か仕事かの二者択一ではなく、仕事を持って社会的に自立した上で結婚して子供を産むというのが当たり前という方向にシフトしているように思うのである。
ならば、その結婚相手としての男に求められていることってなんだろう?それはおそらく「満足できる結婚生活を与えてくれて、かつ家事や子育てをある程度引き受けて、妻が仕事に復帰することを容認する」ことなんじゃないかと思うのである。そうでなければ、男に待っているのは三行半を突きつけられるという展開であろう。だって、たとえ子持ちでも女性が仕事に復帰する土壌は昔に比べればある程度整ってきてると思うし、苦痛な結婚を続けるという選択肢をいやいや選ぶ時代じゃなくなってると思うからね。
そう考えると、バービー的フェミニズムが消退しつつある(ように見える)ことおよびエビちゃん的カワイイ系の台頭は男性にとって全然福音ではなく、むしろ男性の能力を試されているんじゃないかと思うわけなのである。でも、過保護に育てられた男の子が増えている(ように思われる)中、そんな精神的かつ社会的に成熟した男って、どれだけ世の中にいるのであろうか。
ということで、これからのバービー人形の売れ筋は「バリバリのキャリアウーマンだけど夫も子供もいて幸せな家庭を築いている」シリーズ(どんなだよ!?)になると思います。…ほんとかよ?
- 2006/10/13(金) 02:13:34|
- 心理学・現代思想
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