続・晴耕雨読

秋田在住の医学生ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

街に名医があふれてる!?〜「最上の命医」の考察〜

今度友達と鍋パーティをやることになりました。
何鍋を作ろうかって話から、旬のものを入れたいねという話になって。

「それだったら、偽装比内地鶏鍋なんていいんじゃない?」

…確かに色んな意味で旬ではあるけれども…。ブラックですみません。
ちなみにデザートは赤福で(おい!)。


さて今回は、週刊少年サンデーで始まった「最上の命医」というマンガの話。
どんな話かというと、かつて大血管転位TGAの根治手術により小児心臓血管外科医に命を助けられた主人公「命」君が、物体の立体構造を正確に把握できるという能力と、医学知識大好きで医学知識ならあっという間に吸収してしまうという才能を武器に、スーパードクターへの道を歩む、って話である(と思われる)。

…そういう才能、僕も欲しいです(涙)

どれだけ医学知識豊富かというと、命君、小学生にしてTGAのShaher分類5型の冠動脈移植について語っちゃうくらいですから。
…いや、Shaher分類なんて、YearNote2007にもSTEP循環器2版にも朝倉内科学8版にも載ってないし(そもそもShaher分類って、ネットを見るとTGAの分類じゃなくて心臓の冠動脈の分類っぽい気がするんだけど、どうだろう?とりあえず、卒試にShaher分類が出たら軽く死ねます)。まったくとんでもない小学生である。

でもね、読んでていろいろ疑問に思うところがあるんだよね。

話の後半で、主人公が夕方に友達と海釣りに出かける場面がある。そこで、友達が風と波にあおられて、船のへりに胸部をぶつけてしまう。その後しばらくしてから、友達の顔色が悪くなって、血圧が低下し、心音が聞き取りづらくなってくる。

…まずどうやって心音を聴取できたのか、って問題は些細な問題なのでおいておいて。きっといざというときのために聴診器持参で釣りに来ていたのでしょう。

ちなみに、僕の師匠であるK先生は、鞄の中に打鍵器を入れたままうっかり旅行に出発し、空港の金属探知機でひっかかった経験があるそうです。僕も医療器具を肌身はなさず持ち歩くくらいの情熱を維持したいものです。

命君は携帯を使って知り合いの小児心臓血管外科医に症状を話し、そしてこう言います。
「たぶんこれは…、外傷性の心タンポナーデだよ!」
医者「!!…そ、そうか…」

どうやらこの先生は納得したようです。う〜ん、腹部臓器損傷→腹腔内出血によるショック状態で血圧低下・心音微弱とかも考えられそうなんだけど…(ちなみに実際に心タンポナーデを診断する場合は、心臓超音波検査、心電図、胸部X線写真などの検査を行った上で確定診断するはず)。おそらくきっと漫画では語られていない明確な理由があって鑑別診断を行ったのでしょう。きっとそうに違いない。

でも、心タンポナーデと確定診断(!?)したものの、命君と友達は遠くに船出していて、医者はすぐに駆けつけられそうにない。そうこうしてるうちに、友達のチアノーゼは悪化し、呼吸も乱れはじめてきた。そこで医者は、こう言いました(桜塚やっくん風に)。

「俺たちも救助隊ももう間に合わん…だから…」
「お前がその子を治せ」

えええ〜!!?やっくんだってそんな無茶振りしないよ!
そして、医師免許どころか、正規の医学教育だって受けていない小学生に、「お前心タンポナーデの処置は知ってるな」と言って携帯電話によるガイド下で心嚢穿刺させる恐るべき医師がここに。

命「俺、やってみる!」
命君は、得意の空間把握能力を生かして、薄暗がりの中揺れる船の上で、超音波も使わずに正確に心嚢に留置針を突き刺し、心嚢内の血液を排出して友達を助けましたとさ、めでたしめでたし。

…もう、船の上に都合よく留置針が用意されていたことなんてどうでもよくなってきました。

一応解説すると、心タンポナーデは心臓を包む心嚢という膜と心臓との間に血液などの液体が貯留し、そのため心臓が膨らまなくなって循環不全に陥る疾患である。貯留した液体を排出すれば症状は改善するけど、心破裂で心嚢内に血液が出ている場合は、心嚢から血液を排出しても、心臓から心嚢内への出血が続くため、続けて処置を行う必要がある。今回のケースでは心嚢穿刺してヤッター、って感じで終わったけど、もしかしたら心嚢内での出血でとどまってたものが心嚢外にどんどん出血して、友達が失血死する恐れだってあったわけだ。

僕はまだ医学生だから、鑑別疾患は出血性ショックだとか、心嚢穿刺後の出血を考慮に入れないで処置するのはまずいんじゃない、くらいのことしか言えない(もちろん手技なんてとんでもない、ってレベルです)。けど、臨床の先生はそれこそもっとたくさんの鑑別疾患を挙げて、適切な検査を行って、心奇形や合併症などの影響も考慮に入れて治療を行うんだと思うんだよね。そういう現実(実際は僕も心タンポナーデの治療は見たことがないんだけど)の困難さを抜きにして、「胸部を打撲して、心音微弱だから心タンポナーデに決まり。心嚢穿刺したらすぐ治っちゃった」っていう物語を作られると、心タンポナーデって誰でもすぐに治せる疾患だと世間で思われてしまうんじゃないだろうか。医者を目指すものとして、僕はすごく不安になる。

「いや、たかがマンガだし、そんなに深刻に考えることはないでしょう」って思うかもしれない。
でもね、マンガの影響力って馬鹿にならないと思うし(ブラックジャックを読んで医者になりたいと思った人は多いはず)、実際に世間では医者なら誰でも心タンポナーデを治療できて当然と思われつつあるという感じがする。

例えば、日経Medical2007年10月号で、とんでも医療裁判特集が組まれていのだが、そこで紹介されている判決の1つに、脳神経外科医が心嚢穿刺を失敗し、患者は死亡。それが元で訴えられ、4900万円の賠償額となったという案件がある。

どんな案件かというと、1993年に奈良県立五條病院に救急搬送された交通事故外傷の患者が急変したため、担当の医師である脳外科部長が心タンポナーデと判断し、心嚢穿刺したがうまくいかず、その後患者が死亡したというものである。ちなみに医師はエコーなしで心嚢穿刺しているが、それは当時はエコーは標準的なものではなかったためで、医師の落ち度ではない。

解剖を行っていないため、心タンポナーデが本当に死因だったのかも不明であった。ゆえに、この医師の穿刺の手技は適切であったが別の原因(腹腔内出血など)で患者が亡くなった可能性もあるが、今では事実は分からない。

問題は、裁判所が死因を心タンポナーデを死因であると断定し、かつ脳外科医であっても心嚢穿刺は出来て当たり前である、専門外とはいえ心嚢穿刺を失敗した場合は医師の過失となる、と判決を下したことである。もし心嚢穿刺を行う自信がなく、行う医師が病院内にいなければ、他の病院に搬送するという判断を下すべきだった、とも裁判官は述べている。

…いや、緊急時に「心嚢穿刺できないから10km先の病院に急いで搬送してください」なんてありえないから。

こういう、医療の現場を知らないであろう裁判官や弁護人による、医療人から見れば無茶苦茶な判決が増えているように見受けられる。そして、そういう判決が、「昔読んだマンガで、簡単に心嚢穿刺してたから、心タンポナーデってたいしたことない疾患なんだ」っていう思い込みによって導かれないとも限らないのである。

もちろん、治療がうまくなされないことによって患者さんが苦痛を感じることも、遺族が辛い思いをすることも分かります。でも、現場を知らない判決によって医療の現場が混乱して、どういう治療を行うのが適切かの判断に支障をきたすようなことがあれば、結局被害を受けるのは患者さんだと思うんですよ。
「もしかしたらここで緊急処置を行えば治療できるかもしれないけど、前の判決もあるし、訴えられると怖いから、念のため別の病院に搬送するか」ってことになって搬送中に患者さんが亡くなったり後遺症を負うことになったら、それこそ患者さんも医師もやりきれないなぁ、と思うのです。

別に僕は医者の利益を守るためだけに医療裁判の批判をしているわけではなくて、患者さんも医者も含めて社会全体が功利を享受できるような、そんな社会システムが出来るといいな、と。そしてそのシステムをGoalに描いた上で、裁判所は判決を下して欲しいな、と思うのです。

…志は、高く持ちたいものです。



PS ただ、社会システムは第三世代オートポイエーシスによって説明されるような、循環的に自己組織化する構造だと思うから、定型的にGoalを思い描くのは難しいかも知れないけどね、うふふ、と謎かけをしてみる。
  1. 2007/12/10(月) 02:20:37|
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