続・晴耕雨読

東北在住のへっぽこ医師ばんじょーの日々思っていることをつづったブログです。週2回くらいの更新を目指しています。スパムコメント対策のため、 コメント時に画像認証をお願いしております。お手数ですがご了承ください。

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すっかり春ですね

ばんじょーです、こんばんは。
久しぶりの更新となりました。今まで見に来てくださった皆様、本当にすみませんです。
これからも見に来たことを後悔するようなくだらないブログを書き流していこうと思います(え?)。


さて、かつて研修医控え室で『デトロイト・メタル・シティ』が流行っていた頃、女性のオーベン(指導医)から電話がかかってきたとき、「地獄の女帝からテレフォンだ。待つがよい」と言うのがトレンドでした。

もちろん、その後オーベンの元に走っていき、息切らせながら「お待たせいたしました先生!!」と媚へつらうのが研修医の正しい?あり方です。

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(『デトロイト・メタル・シティ』1巻より。主人公が女の子をホテルに連れ込んでいけないことをしようとしたそのときに、お母さんから電話がかかってきたという場面です。)


…という記事を3ヶ月前に書こうとしてはや3ヶ月。いまや自分も研修先の病院が変わり、地獄の女帝から電話が来るたびに笑いあってた仲間とも離れ離れになってしまいました。仕事ってそういうもんだと思いつつも、少し寂しい気分ですね。


今は県の南の方の病院で研修医2年目をやっています。現在産婦人科研修中。
今の病院には医学部時代からの親しい友達が何人かいて、楽しく研修しています。

先日の研修医室での研修医同士の話。

バニラ氏「今日、やたら風が強くない?」
ばんじょー「そうだね、こんだけ強いとパンティがめくれそうだよね」
バニラ氏「いや、(スカートはめくれても)パンティはめくれないんじゃないか?」
ばんじょー「…むしろパンティがめくれるといいよね」

研修先が変わっても頭の中はほとんど変わっていないばんじょーでした。すっかり春ですね(頭の中も)。
ではまた。
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  1. 2010/04/19(月) 01:32:44|
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雑記

九十九電機が民事再生手続きを申請したことに若干ショックを受けているばんじょーです,こんばんは.
あそこでノートPC買ったんだけど,壊れたときの保証は大丈夫なんだろうか.民事再生手続きなんで営業は普通に続けると思うけど,そのまま破産になってしまうのではないかと心配だ.裁判所の監督下で営業を続けながら再建を目指していくと言ってるけど….

参考)民事再生手続きについて
裁判所HP
Wikipedia

ネットで「大学生協の声より」ってネタがあった.

「○○(学食のメニュー、何か忘れた)の味を元に戻してほしい。直球で返事お願いします」
生協「○○のタレを作っていたメーカーが倒産したから無理です」

直球だ.ネタとして笑うというより,身につまされる話です.


そういえば,友達とうちの大学の生協で食事したときに,
「最近山芋おろしがメニューにないんだよね.食べたいのにどうなっているんだろう?」
って言っていたけど,もしや契約農家が….ってそんなことはないか.


P.S.
イスラム女性が海で泳ぐときの格好ふとネットサーフィンしていたときに見つけました.泳ぐのも一苦労….
  1. 2008/10/31(金) 02:43:48|
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きれいな花には棘がある

ばんじょーです,こんばんは.

先日友達と昼ごはんを食べていて,今までに食べた中で印象的だった食べ物は何か,って話になったときのこと.
F氏「食べ放題のときに抹茶アイスを取ってきたあとで,俺,席を外してトイレに行ったんだよね」
ばんじょー「ほうほう」
F氏「戻ってきて抹茶アイスを食べたらすごい辛くて.わさびが塗りこんであったんだよ」
確かに,格好の迷彩になるよね,わさびと抹茶アイス.

ちなみにF氏は,別の友達にわさびコーティーングした抹茶アイスを食べさせることに成功し,リベンジを果たしたらしい.江戸の仇を長崎で討つってやつですな.

ちなみに僕は昔カリフォルニアに家族旅行に行ったときに,わさびロールというものを食べたことがあります.かっぱ巻きのきゅうりが全部わさびになったような奴.途中か辛さのために何食べてるか分からなくなりました.さすがアメリカ,おそるべし.



さて,僕はよく気に入った言葉をメモしておく習性があります.最近のお気に入りなんだけど,あるところからの文章の抜粋.

(棘をおさめて人と波風を立てないように接しようとしてるのに)
「こっちの棘を当てないようにしてるから
向こうの棘をこちらに当てないように気を遣って欲しい、と考えるのは
自分勝手なんですかね」

う~ん,その気持ち,分かるなぁ.

だいたい無造作に棘を出してくる人は,こちらがその棘に不快さを感じてるなんて思ってないよな~,多分.で,仕返しに棘を出したら,さらに棘を刺し返されたりして.
「自分が先に棘を出したから,あなたも棘を出してきたのね.それは悪かったね」って思ってくれたらいいのに,って思うんだけど.

そもそも棘っていうのは,例えばある人が何かネガティブなことを言ったときに,それを「お前の能力が足りないからだろ」って感じで言ってくることや,すごい上から目線でアドバイスをしてくるときに感じるものだと思う.

ちなみに前者のように,他人の行動を考えるときに相手の性格や能力の影響を過大評価し,環境や状況の影響を過小評価する傾向のことを,心理学用語で基本的帰属錯誤と呼ぶ(『クリティカルシンキング入門編』p93)し,後者のように自分が正しくて相手は自分の考えに従うべきだというような立ち位置を取る場合,その立ち位置をワンナップポジションと言う(『物語としてのケア』p101→参照:グーリシャン).対応語は,前者では問題の外在化(『よくわかる心療内科』p153),後者では無知の姿勢((『物語としてのケア』p103)だと思うけど,ここでは説明を割愛.

僕は争いが嫌いだから,かなり棘を抑えてコミュニケーションをとる方です.まぁ,最近はそれも面倒臭くなって,棘をぽろぽろ出してるんだけど,周囲の人たちが笑顔で対応してくれてるのを見ると,みんな大人なんだなって感心.っていうかそれでいいのかお前,ってつっこみが聞こえてきそうですが.


それはさておき,最近の韓国のあの棘はどうなんでしょうね?
17日の日本大使館前での,日本の独島領有権主張に対する糾弾デモで雉を叩き殺したり,6月の日韓両政府の実務協議で,ヒュンダイ自動車が日本で売れないから販売拡大協力を日本政府に要請してきたり,竹島が韓国領土であるとアメリカの新聞に広告を載せたり


まぁ、韓国国民全員が日本嫌いなわけではないだろうし(雉の件で韓国でもやりすぎの声があったらしい)、李明博大統領がBSEに絡む牛肉輸入再開問題で国内での支持率が低下したから(6月の時点で10%台)、国民の志向というよりも,日本バッシング外交で得点を稼ぎたいっていう政治的な戦略が出てきてるのかもしれないけど.それでも,ここまで挑発的に接されると,さすがにやりすぎでしょ,って思ってしまう.

それに対する日本の対応が,どうも煮え切らない感じがするんだけど,棘をおさめているのかしら?棘をおさえるのは日本人の特性だろうか,って思ったりもする.さすがにヒュンダイ自動車の件では,「販売の成否は企業努力にかかっていると反論」したらしいけどね.出すべき時は棘を出した方がいいんだろうね,多分.
  1. 2008/07/31(木) 01:53:03|
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国対が終わって

最近、成海璃子に熱く萌えているばんじょーです、こんばんは。彼女はきっとツンデレです。僕の勘がそう告げています。
ちなみに、今までは宮崎あおいが好きだったんですが、堀北真希との抗争勃発の話を聞いてからは少し冷め気味です。

成海璃子は、最近封切りされた映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の吹き替えをやってるとのこと。ライラと言えば、秋田では同日封切りになった『ガチ☆ボーイ』とどちらを観ようか最後まで迷ったんですが、結局『ガチ☆ボーイ』を観に行きました。映画は100本以上は観てるけど、あれほど感動した映画は初めてです。感動のあまり、涙と鼻水でずるずるになること請け合いです。

ライラについて書くのかと思いきや、あさっての方向に話が飛んでしまいましたね、ごめんなさい。


さて、先日(ってずいぶん時間がたっちゃってるけど)国対の仕事が終わりました。2/14~2/18の間、6年生に同行して仙台に行き、国試受験のお手伝いをして来ました。例えば、医師国家試験の前日に行われる「直前講座」の資料を印刷して6年生に配る仕事があるんだけど、その資料、総量にして1万枚以上。昼の3時頃から始めてたんだけど、それらの資料を印刷して、ページ順に並べ替えて、100人近くいる6年生の部屋にそれぞれお届けして、ってやってたら、結局終わったのが24:00。その後翌日の仕事の打合せをして、解散して自分の部屋で寝るのが1:30くらい、そして翌日6:30には起床、って毎日を過ごしていました。ほんと、きつかったなぁ。最終日なんて3時間睡眠だし。

でも、あれほど充実感のある仕事は、近年なかったと思う。ほんとうに躍動感があったなぁ。
「その紙の束を持って次の部屋に行って!」
「次の部屋ってどこですか?」
「もう空き部屋がないか。じゃあ紙の束を整理する部屋を作ろう!君の部屋を急いで開けてくれる!?」
「ばんじょー、これから資料を配りに行くから、君は彼女と彼と3人組になってこれを配ってきて!」
「了解。配るための資料をすぐ作ってくるからちょっと待ってて!」

それぞれが自分の仕事をきっちりこなして、それらの仕事が齟齬なく組み合って1つの大きな仕事が出来上がるっていうのは、気持ちいいものだな、と思いました。一緒に仕事をしたみんなに感謝です(特に委員長にね。彼は一番重いところを文句も言わず支えてくれました)。
これが6年生の助けになっていたかどうか、自分たちの視点では客観的に評価することはできないけど、それでもお役に立っていて欲しいと思っています。

そして、3/1に、後輩に仕事の引継ぎをして、全ての仕事を完了。70~80枚近いA4の資料と過去5年分の国対関連CDを後輩たちに渡して、3時間みっちり説明してきました。実習と同時平行で仕事をするのはきついかもしれないけど、きっと君たちにも返ってくるものがあるはずだから、頑張るんだよ…。


今回の国対の仕事は、2年越しの仕事だっただけに、終わった後しばらく放心状態になってました。それでブログも放置してしまっていたんだけど、国対の仕事でこれだから、国試が終わったあとなんてどんだけ放心してしまうんだろう、と今から不安です。

とりあえず、国試まで1年をきりました(なんか嫌なカウントダウンだ)…。今度は自分たちの番ということで、頑張ろうと思います。


PS1.最近スパムコメントが増えてきてるので、その対策のため、コメント時に画像認証の機能をつけさせてもらいました。書込みしてくださる方、お手数かとは思いますが、よろしくご了承ください。

PS2.「猫専用カツラ
なんか色っぽいです。
  1. 2008/03/07(金) 03:34:03|
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名前をつけてやる!

消化器外科を実習中のばんじょーです、こんばんは。ちなみにスピッツが好きです。「愛のことば」なんて好きですね。ベストアルバムには収録されてないけど、本当に名曲だと思います。でもタイトルに引用しておきながら『名前をつけてやる』は持ってないんだけど(←おい)。

さて、先日、消化器外科のお偉い先生と術場ですれ違ったときの話。

ばんじょー「お疲れさま~っす」
先生「おお。お疲れさま……あれ、君…」
ばんじょー「はい?」
先生「今、どの科を回ってるんだっけ?」

さて、これはどう答えればよいものやら…。0.5秒迷ったあと、「いや、先生、まだ消化器外科ですよ~」。その後しばらく続く沈黙。

先生「いや~、そういえばそうだったね。この前の講義(実習中にやったもの)からずいぶん時間が経った気がしてねぇ」
ばんじょー「時間が経つのって、早く感じますよね~」
先生&ばんじょー「はっはっはっは」

これで果たして丸く収まったのであろうか…。先生が親切心で声をかけてくださったのが分かるだけに、真実を伝えて気まずい思いをさせてしまうべきか少し迷った瞬間でした。ダブルバインド。でもどうせ10分後くらいに術場で出会って僕が実習の学生であることが判明するのだから、本当のことを言うしかなかったんだけどね。

まぁ、2週間ごとに学生が入れ替わるから、先生も誰が実習してるかを憶えるのは大変なんだろうな、と思う。でも、先生にとっては入れ替わりやってくる学生の顔なんてみんなかぼちゃだかじゃがいもだかにしか見えないんだろうけど、学生にとっては毎回が特別な体験なわけで、例えばあるクラスメートは、1週目の終わりまでほとんど先生に口を聞いてもらえなくて、やっと先生から聞けた言葉が「君、誰だっけ?」だったそうだけど(某外科にて)、そういう対応だと「う~ん、ちょっとこの科には将来行きたくないなぁ…」って思うのもやむ終えないんじゃないかな、と思ったりする。

たまに実習班で話すことが、「果たして自分は先生に名前を覚えられているのだろうか」ということである。やっぱりみんなも、自分がどう先生の目に映ってるのか気になるんだろうか。ちなみに僕は経歴が変わってるから比較的顔を覚えてもらってるっぽいけど、名前までは怪しい気がするなぁ。

そういえば、2008年1月16日のネット記事に、押尾学が息子に「りあむ(ローマ字ではLIAMらしい)」と名づけたとあった。どうやら英国ロックバンドOASISのボーカルであるリアム・ギャラガーからとったようだけど、「みんなの注目を集めるような」特別な人間に育って欲しいという親心が伝わってくるようだ。名前を忘れられがちな境遇の僕としてはなにか共感を感じてしまう(って、押尾氏が実際どう考えてるのかは知らないけどね)。とはいえ、正直子供が気の毒だと思います。実力や才能があって名前が特別であれば釣り合ってていいのかもしれないけど、そうでない場合は(世の中そうでない場合が大半だと思うけど)、名前負けっていうレッテルを貼られそうだし、ねぇ。

ちなみに、某巨大掲示板の反応はどうかといえば、
「これは恥ずかしい」
「日本語にしろよ」
「今日も押尾学だ、安心した。」
なるほど、押尾学とは、そういうキャラでしたか。
  1. 2008/02/01(金) 01:06:44|
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